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主の受難を思うとき

ニュースで桜前線が毎日告げられている。
首都圏のコロナ感染拡大が続いているが何故か緊急事態宣言が解除され、人々の心も行動も解放されつつある。
2000年の昔からキリスト教の暦では明日からレント(受難節)の最終週が始まります。
神の子キリストが、嘘の証言によりゴルゴダの丘で十字架に架かけられ死んで葬られ3日目に甦る(イースター、復活祭)のです。イースターの前の40日間をキリストの受難の苦しみを思い、共に静かに過ごす時がレントです。
このキリストの十字架によりすべての人の罪が贖われました。信じるだけで誰でも救いに入れられます。
コロナの感染拡大の中であるからこそ、この重大事実を確信し静かに時を過ごしたいものです。

「弔いの家に行くのは、酒宴の家に行くのにまさる。そこには人皆の終わりがある。命あるものよ、心せよ。」コへレト(ソロモン)の言葉7章2節


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リビングルームから見る団地の庭先の桜

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