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2018年10月16日

聖書という本

最近、新旧聖書を3ヶ月で全て読む「わかる聖書66」という講座に出席するために上野のJTJ宣教神学校に通っている。
上野公園をよく通るのだが、東京都美術館でムンク展を行っていて多くの人がパンフレットを持って歩いている、結構人気があるようだ。
約半世紀前、ある秋の日に鎌倉美術館にかかっていたムンクの叫びのポスターを見て、私の心に感じるものがあり聖書を神の言葉と信じ洗礼を受ける決心をした事を思い出した。
歴史的に聖書は、発禁 になったり馬鹿げていると言われたりもしたが、それでも世界中でベストセラーになっている。
聖書は神の言葉であり、神の声です。
この聖書という本は私の人生にとっては最高の宝となった。聖書を知ったということは永遠の命、天国へと導く鍵を贈られた喜びで満ちているから。


「初めに、ことばがあった。ことばは神とともにあった。ことばは神であった。」
ヨハネの福音書1章1節

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決断の時だ!と迫った一枚の絵


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新共同訳聖書と創造主訳聖書(日本語)

2018年10月 2日

宣教一筋

シンガポールから40年来の友を迎えた。
彼(Keio Kawa さん)は、独身で中国宣教を40年以上続けてきた宣教師。
特に中国の田舎に出向いて、宣教活動の厳しい時もハウスチャーチを指導して来た。今ではプロテスタント人口が10%(日本の人口とほぼ同じ)になろうとしているとのこと。
今日は、彼とその友を江ノ島と鎌倉を案内したのだが、観光や食事、ファッションにはほとんど興味を示さなかった。しかし、食事やお茶の時などになると中国の家の教会実態や人々の意識などを終わりのないほど話が続くのです。自分に与えられた召命に忠実で、その働きに不必要なものは削ぎ落としている。さすが宣教活動を一筋にして来たプロは人と違うものがあると思わされた。全くパウロの現代版の感じです。
時を同じくして、ノーベル賞の医学生理学賞が本庶氏に決まった。
この人もがん治療薬の開発に一心に従事したプロ。おめでとうございます。
本当に、一つのことに迷わず邁進する姿は非常に輝かしいものです。


「しかし自分の決められた道を走りとおし、また主イエスからいただいた、神の恵みの福音を力強く証するという任務を果たすことができさえすれば、この命すら決して惜しいとは思いません。」
使徒言行録20章24節


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江ノ島への歩道で、遠くに霞んで見える富士山を見て感激している。
(中国宣教者なので顔を写せない)

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