« 2016年2月 | メイン | 2016年4月 »

2016年3月30日

春の風

今朝は久しぶりに、春のような陽射しになった。
どこかへ行きたい気分だったが、どうしてもしなければいけない大切なことがあった。次の世代に戦争や原発で悲しまない世界を作るためにいま声をあげることかも。比較的時間のある私達高齢者に出来ること、それは生活者の政治参加として、また意思表示をするためにデモに参加することです。
今日から安保法案施行されたがその法案の廃案を訴え(主催者発表)三万七千人の参加者と共に国会議事堂前に行って声をあげた。
事の重大さを知り、海外(フランス)からの主婦、東北からの学生、沖縄からの女性なども駆け付け「戦争反対、原発再稼働反対」の思いを語ってくれた。
この声が春の風に乗って日本全国、世界中に伝わるよう祈る。


「初めに言があった。言は神と共にあった。言は神であった。
この言は、初めに神と共にあった。 万物は言によって成った。
成ったもので、言によらずに成ったものは何一つなかった。」
            ヨハネによる福音書1章1~3節

2016-03-29 06-31-31.jpg

イチゴの熟す時が近い


2016-03-29 18-43-51.jpg

デモに国会議事堂前に集まった人たち(29日夜の7時半)

2016年3月14日

からの墓

「さっきの秘密を言おうかね。なに、なんでもないことだよ。
心で見なくっちゃ、ものごとはよく見えないってことさ。
かんじんなことは、目に見えないよ」と、王子さまが言いました。
[星の王子さま]より

イスラエルを旅行した時、イエスが葬られたとされる墓に行った。(世界中から多くの見学者が訪れる場所です)中は空っぽで何もなかった。しかし、ジーンと心が熱くなった。
目に見えないものに大切な意味がある?いやそれ以上の「復活」という事実です。復活ほど不思議なことはない、わたしもその復活の恵みにあやかりたいものです。

「すると、二人の目が開け、イエスだと分かったが、その姿は見えなくなった。二人は、『道で話しておられるとき、また聖書を説明してくださったとき、わたしたちの心は燃えていたではないか』と語り合った。」
ルカによる福音書24章31,32節


トルコの遺跡.jpg

トルコのエフェソ、2000年前の神殿跡を訪れる人達(2012年4月撮影)


春の大山.jpg

大山にまだ雪が残っている

2016年3月 5日

イースターを迎える

「十字架と復活」、これがキリスト信仰の中心です。
「復活」の話となると、「それについては、いずれまた聞かせてもらうことにしよう(アテネの人々)」と昔から言われていました。しかし、聖書(コリント人への手紙第1,15章)に12人の弟子をはじめ500人以上の兄弟に同時に、復活後のイエス・キリストが現れたと記されている、事実です。
今年の復活祭、イースターは3月27日(日)です。
日本の社会においてはイースターはクリスマスほど馴染み深いものではありません。キリスト教会でもイースター礼拝や教会学校でタマゴ探しのゲームが行われる位かもしれない。北欧では凍った土(死)から命が吹き出る春を待つ祭りとして、またフィリピンでも死者の復活を信じて盛大に祝います。
ローマ人への手紙4章25節に「イエスは、わたしたちの罪のために死に渡され、わたしたちが義とされるために復活させられたのです。」と、あるようにクリスチャンにとって復活こそが大切。
イースター、復活祭おめでとう!


「さて、安息日が終わって、週の初めの日の明け方に、マグダラのマリアともう一人のマリアが、墓を見に行った。 すると、大きな地震が起こった。主の天使が天から降って近寄り、石をわきへ転がし、その上に座ったのである。 その姿は稲妻のように輝き、衣は雪のように白かった。 番兵たちは、恐ろしさのあまり震え上がり、死人のようになった。天使は婦人たちに言った。「恐れることはない。十字架につけられたイエスを捜しているのだろうが、 あの方は、ここにはおられない。かねて言われていたとおり、復活なさったのだ。」     マタイによる福音書28章1-6節


花はな.jpg

復活の喜びにあふれて(ブロッコリーの花)

Copyright (C) 2006 by Bible Ministry Co. All rights reserved.