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沖縄の第3日目

沖縄南端のひめゆりの塔、平和祈念公園、平和の礎を見学に行った。
太平洋戦争で最も激しく戦った(それも一般市民を含めて)場所の一つが沖縄南部の糸満市だろう。沖縄県民の四人に一人が亡くなっている。
特に悲しいのは、沖縄戦に駆り出された女学校の生徒達が日本軍玉砕の後突然「解散命令」を受け、絶望して逃げまどい、米軍の砲弾や火炎銃で命を落とし、あるいは手榴弾で自ら命を絶った。失わなくてもよい尊い命を無駄に失ったのです。
(日本国民は、「生きて虜囚の辱めを受けず」と教育されていたので、殺されなければ自分で命を絶った)当時の日本国民への洗脳教育であった。
そして「軍隊は住民を守らなかった」は沖縄県民の教訓となった。
もちろん、どんな時代になろうとも「自分の頭で考える」ということが大切に思う。

英国人の宣教師が、何かをする時には次の三つを自問すると良い、と言っていた。
Is it true? (真実ですか?)
Is it kind? (親切ですか?)
Is it love? (愛からですか?)


「あなたたちは真理を知り、真理はあなたたちを自由にする。」
                         ヨハネによる福音書8章32節


ひめゆりの塔.jpg

 ひめゆりの塔; ひめゆり学徒隊の慰霊碑


祈念公園.jpg

平和祈念公園


平和の楚.jpg

平和の礎;
平和祈念公園内に、沖縄戦で犠牲になった人々の名を黒い御影石に彫ってある(国籍や軍人、民間人の別なく)

コメント

色々見てこられたのですね。大勢の犠牲を出した沖縄その思いを抱えて今の沖縄があるのですね。基地を作らせないという思いがひしひしと伝わります。
沖縄を返せという歌にも歌われていますね。青い海の沖縄で少しはのんびりもされましたか?

アニヴァーサリーの旅、ちょっとシリアスな場所でしたが、
ゆっくりと楽しんできましたか?

デコさん
沖縄を、沖縄へ返せという歌を私もどこかで。知らず知らずおぼえました。虐げられた思いを抱いてきたせいか、テントに座っている時もみんな逆にとても明るく、楽しく替え歌を歌ってくれました。
またチャーターしたタクシーの運転手が海岸沿いを通った時、たまたま太陽が陰ってしまったので、本当に残念がっていました。太陽が出ている時の海は素晴らしい(エメラルド色の海)のだが残念としきりに言っていた。本当に自慢の海を見せたかったようです。

winderさん
涼しくなった本土から、また日中気温30度の南国の地に行って、あちこち廻ったので正直疲れました。歳ですね、連休はゆっくりします。

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