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2015年9月28日

金木犀の香り

団地の中の私が住んでいる棟の周りには、樹齢30年超の背丈が3m近い金木犀の木が15本ほど植えられている(銀木犀も2本)。ちょうど今、小さな金色の花が満開。
例年、しばらくはその香りで圧倒されるのです。
妻は強烈な香りが漂っていると言っていますが、私にはその甘い香りが届いてきません。ちょっと心配になりました(もしかしたらアルツハイマーの始まりか?)。
加齢のため嗅覚障害を起こしたのでないかということか。
というのは最近、睡眠中に喉が渇き痰が詰まるという現象がしばらく続いているのです。これも加齢による症状の一つかもしれません。
ネットで調べても適切な因果関係は分かりません。専門医に診ていただいて下さいということです。近いうちに病院に行って、ドクターに診てもらいます。
幸い、わたしの住んでいる団地から徒歩で5分の所に、総合病院があるので、畑仕事のあい間にも病院に行けるので助かります。


 「その日には
 家を守る男も震え、力ある男も身を屈める。
 粉ひく女の数は減って行き、失われ窓から眺める女の目はかすむ。
 通りでは門が閉ざされ、粉ひく音はやむ。
 鳥の声に起き上がっても、歌の節は低くなる。 」
     コヘレトの言葉12章3,4節


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香ばしい秋の知らせの一つ、香りを感じられないのは寂しい

2015年9月16日

沖縄の第3日目

沖縄南端のひめゆりの塔、平和祈念公園、平和の礎を見学に行った。
太平洋戦争で最も激しく戦った(それも一般市民を含めて)場所の一つが沖縄南部の糸満市だろう。沖縄県民の四人に一人が亡くなっている。
特に悲しいのは、沖縄戦に駆り出された女学校の生徒達が日本軍玉砕の後突然「解散命令」を受け、絶望して逃げまどい、米軍の砲弾や火炎銃で命を落とし、あるいは手榴弾で自ら命を絶った。失わなくてもよい尊い命を無駄に失ったのです。
(日本国民は、「生きて虜囚の辱めを受けず」と教育されていたので、殺されなければ自分で命を絶った)当時の日本国民への洗脳教育であった。
そして「軍隊は住民を守らなかった」は沖縄県民の教訓となった。
もちろん、どんな時代になろうとも「自分の頭で考える」ということが大切に思う。

英国人の宣教師が、何かをする時には次の三つを自問すると良い、と言っていた。
Is it true? (真実ですか?)
Is it kind? (親切ですか?)
Is it love? (愛からですか?)


「あなたたちは真理を知り、真理はあなたたちを自由にする。」
                         ヨハネによる福音書8章32節


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 ひめゆりの塔; ひめゆり学徒隊の慰霊碑


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平和祈念公園


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平和の礎;
平和祈念公園内に、沖縄戦で犠牲になった人々の名を黒い御影石に彫ってある(国籍や軍人、民間人の別なく)

辺野古で

少し遅い夏休みをとって、沖縄に来た。
沖縄で今ホットなのは辺野古、新基地建設反対です。
本土にいる私にとっては、辺野古基地建設はどうしても関心が薄くなりがち、しかし安全保障関連法案と辺野古基地建設は戦争法案の同じ根源。両方とも戦争のためです。今まで政治にはそれほど関与しなかったが、現在、将来の人達にとって生活から切り離せない事件と思い、この目で、耳で、体で実感するためにここに来ました。


「今の時代を何にたとえたらよいか。広場に座って、ほかの者にこう呼びかけている子供たちに似ている。
『笛を吹いたのに、
 踊ってくれなかった。葬式の歌をうたったのに、
 悲しんでくれなかった。』。」
                    マタイによる福音書11章16,17節

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自然の美しい大浦湾にある辺野古が今埋立てられ軍事基地にされようとしている


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9月15日の琉球新報


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現在の米軍キャンプ・シュワブ・ゲート前でのデモ


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辺野古埋立てを阻止する座り込みデモ(工事機材侵入路脇)


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キャンプ・シュワブのテント村


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普天間基地のオスプレイ(宜野湾市嘉数から)

2015年9月12日

冬が来る前に

春先のある日、ホームセンターに行ったらパパイヤの苗を売っていたので2本買って畑の隅に植えた。
秋、冬のある日本ではパパイヤの実をならせるのは難しいと思ったが、TVの番組で九州地方でパパイヤを温室で作っていることを知ったので、もしかしたら出来るかもしれない、挑戦してみようと思った。
今年は8月半ばから異常な位涼しい日が続いて、とっくに秋の気配です。
それでもパパイヤはやっと花が咲かせ、小さな実をつけ始めたので、なんとか収穫までこぎ着きたい。それで冬が来る前に温室を作ることにした。太陽光パネルではなく太陽熱温水装置による温室を作ろうと思う。(それもペットボトルで安く)


「何とかして、冬になる前に来てください。ユブロ、プデス、リノス、クラウデヤ、またすべての兄弟たちが、あなたによろしくと言っています。主があなたの霊とともにおられますように。恵みが、あなたがたとともにありますように。」
                     テモテヘの手紙二 4章21,22節


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パパイヤの花


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パパイヤの小さな実


2015年9月 3日

昭和史を学んで

この夏、戦後70年にちなんでTVで過去の戦争関連の多くの番組を見た。

恥ずかしいことだが、これまで一貫して近代史(特に昭和史)を学んでいなかったので、なぜ第2次世界大戦をするようになったかを学びたいと思い図書館に行った。まさに「昭和史(1926-1945)上」半藤一利著があったので借りて読んだ。

これは、著者が戦後生まれの数人に向けて、2003年4月から12月まで一回1―2時間、月1~3回行われた昭和史(上)講座を記録したものです。
昭和は、明治期の日清・日露戦争で日本が満州を侵略したその遺産を受けて始まっている。そして昭和20年8月15日の天皇陛下の玉音放送で終戦となった。最後のまとめの章に『きびしく言えば、日露戦争直前の、いや日清戦争前の日本に戻った、つまり50年間の営々辛苦は無に帰した。昭和史とはその無になるための過程であったと言える。』とある。

50年間という歳月、また第2次世界大戦で失った三百十万の命はあまりにも大きな代償ではないか。私たちはこの貴重な歴史から多くを学ぶのです。
"ともかく平和"


「わたしたちの戦いは、血肉を相手にするものではなく、支配と権威、暗闇の世界の支配者、天にいる悪の諸霊を相手にするものなのです。」
                     エフェソの信徒への手紙6章12節


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夕暮れの浜辺で

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