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ちょっと硬い話、「マキャベッリとダンテ」

日本ではマキャベリーと言われているが、こちらではマキャベッリと(べにアクセント)発音されているようです。
私達が泊まったアパートタイプのホテルからマキャベッリの生家がすぐ近くにあったことでもう一度マキャベッリのことを考えた。彼はこのピッティ宮近くの家からベッキオ橋を渡ってオフィスへ(現在のウィフィツ美術館がオフィスだった)走っていたそうです。約5分ぐらいだが、たまに遅刻したようです。

「君主論」は難しい古典的政治哲学書と思われているようですが、実は書記官(官僚)であったマキャベッリが失職中(山荘の書斎にこもり、歴史に学び、現実を分析し)キリスト教的倫理観から抜け出て、科学的情報を用いて書き上げたもので、再就職のために書いた「就活のための書」です。。

「神曲」を書いたダンテ。
ダンテは名門の出で、古典文学の教育を受けた詩人であった。しかし誰もが加わる政治の中で、反対勢力に加わっていたためフィレンツェを追放された。各地を転々としながら苦難の時を過ごし死に至るまでの14年間をかけてこの「神曲」をイタリア語で書き上げたのです。
書中で彼自身が地獄から煉獄、そして天国へと旅をするのです。地獄に出てくる極悪人は権力と欲望に執着する教皇や銀行家であり、当時の教会で教える天国地獄の図ではない。

最後の保護者の地、ラヴェンナに葬られた。
墓碑に
"生まれはフィレンツェなれど
 その母に愛さざれし
 われダンテ
 祖国を追われてここに横たわる"


ルネッサンス期にマキャベッリもダンテも失意の時、苦難の時の作品が後世に残る傑作となった。


「そればかりでなく、苦難をも誇りとします。わたしたちは知っているのです、苦難は忍耐を、 忍耐は練達を、練達は希望を生むということを。」
             ローマびとへの手紙5章3,4節

マキャベッリ033.jpg

ウィフィツィ美術館のコリドーにあるマキャベッリの像


マキャベッリの生家.jpg

ピッティ宮前のマキャベッリの生家、(2階)


ベッキョウ橋.jpg

マキャベッリが駆けて行ったベッキオ橋(今は金細工店が並ぶ)


ダンテー1.jpg

ダンテの像


ダンテ新曲をもって.jpg

ドォオーモにあるダンテが神曲を持っている画

コメント

マキャベリー難しいです。そんな方の生家がポテルの近くにあったのですね。その時代からですと築何年になるのでしょうね。さすがヨーロッパは歴史を感じさせられますね。

マキゃべリさん
フィレンツェは歴史と芸術の町です。
家は石造りだから何百年もそのままです、内装は改修していますが。外観保護のため屋根の上に太陽光発電など許可されないようです。

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