« 2012年3月 | メイン | 2012年5月 »

2012年4月29日

使徒パウロの足跡をたずねて

10日間をかけてパウロの生まれた国と、2000年前に彼が類まれな情熱を持って歩いた幾つかのトルコの町々をたどった。
聖書に記載されている名の街、カッパドキア、イコニウム(コンヤ)、ラオデキヤ(パッムカレ)、エペソ(エフェソス)、スミルナ(イズミール)、トロアス(トロイ)等である。

今現在はトルコでイスラム教徒が98%と言われ、その他キリスト教徒、ユダヤ教徒がいる。
1928年、ケマル・アタチュルク大統領の為政時に、政教分離の政治の下イスラム教は国教ではなくなった。
もちろんパウロの宣教したローマ帝国時代のようにキリスト教会は多くはない。

また私が唯一会話を交わしたトルコ人、GSさん(ツアーガイド)はもちろんイスラム教徒だと公言していました。しかし、カッパドキアの洞窟聖画やそこでのキリスト教徒の生活を詳しく、熱心に説明してくれた。またエフェソスの近くにある聖母マリヤの墓の説明、オスマントルコに建てられたブルーモスク(1500年頃)よりアヤソフィヤがいかに優れているかを説明するときの顔が輝いているようだった。
イスタンブールのアヤソフィア聖堂(紀元400代にキリスト教会として建てられたが、オスマントルコによって内壁の聖画を漆喰で上塗りされ隠されイスラム寺院として使われたていた)が今、漆喰が剥がされキリストを抱くマリヤの聖画が現れている。

さらに、初代大統領アタチュルクの政教分離政策により国民がどんなに自由になり、大統領を尊敬しているか、また自分はモスクに定期的に行ったり、定められているようにメッカに向かって日に5度膝を屈めることはしない、なぜなら信仰は心の中のことだからであると言っていた。

これこそパウロが伝えたかった「イエスの教える自由な信仰」ではないか。イスラム教徒でもイエスを信じることはできる。
イエスを信じたものは聖霊を受ける、その聖霊を受けるということは奇跡を行なったり、異言を語ったりすることもあるが、何よりも大切なのは「栄に満ちた喜びで満たされる」ことだ。

トルコも時が来れば徐々に、パウロの血と涙の結晶が近い将来もう一度に現れてくることを期待する。そんな時が必ず来る。

「あなたがたはイエス・キリストを見たことはないけれども愛しており、いま見てはいないけれども信じており、ことばに尽くすことのできない、栄えに満ちた喜びにおどっています。」
     ペテロの第1の手紙1章8節

地図.jpg

トルコ共和国の地図


洞窟ホテル.jpg

岩山を掘り抜いて居住していた、室内は一年中16,7度Cで快適
クリスチャンはローマ帝国の迫害を受けて、カッパドキアの洞窟に隠れた


エフェソス.jpg

エフェソスの港(パウロの時代、実際はもっと内陸にあった)のレストラン


エフェソスー1.jpg

ギリシャ・ローマ時代には世界7不思議の一つであった。巨大なアルテミス神殿の回廊柱。偶像の街でパウロは大胆に宣教していた


トロイ戦争.jpg

紀元前3000年頃から古代エーゲ海の交易の中心地、紀元前1200年ギリシャとの10年戦争「トロイ戦争」でギリシャに敗れる。ホメロスの叙事詩「イーリアス」に。パウロも木馬を見ただろうか?そしてマケドニア(ヨーロッパ大陸)渡っていったのだろうか?


ヨーロッパ側.jpg

トロアスから船でマケドニア(ヨーロッパ大陸)に渡ったところ


アヤソフィア聖堂.jpg

イスタンブール(コンスタンチノープル)に東ローマ帝国時代、紀元400年代に建てられたキリスト教会、アヤソフィア、オスマントルコが征服した後イスラム教のモスクになった、そしてトルコ共和国になってから一部元に修復が行われ、現在博物館となった
パウロの宣教の成果が壁画に塗りこまれているようだ

2012年4月25日

ついにイスタンブールへ

イスタンブール、イスタンブール、イスタンブール。
ボスポラス海峡を挟んでアジアとヨーロッパ、すなわち東西文明のぶつかり合うところ。
トルコの国は小アジアまたはアナトリアと呼ばれていた。紀元前6000年前から人が住始められたと言われている。まず鉄を使ったヒッタイト人が王国を作り、ペルシャ、ギリシャ、ローマ帝国、ビザンチン帝国(東ローマ帝国)、11世紀に中央アジアの遊牧民のトルコ民族が入ってきて、オスマン・トルコ帝国、そして現在のトルコ共和国となった。数千年間の人間の営み、歴史が今ここに現物として残っている。

世界の民族が混じる、悠久の地イスタンブール。なんとも不思議な街!

人の一生や悩み、奢り高ぶり、欲望などが取るに足りないものに思える。大切なのはその日を心安らかに平和に過ごせることと知った。

総勢29名のツアーのメンバーの中で、残念ながら3名が体調不良で最後の日の見学を断念した。


「死に至るまで忠実であれ。そうすれば、あなたに命の冠を授けよう。」
            ヨハネの黙示録2章10節


ボスポラス海峡橋.jpg

これがアジアとヨーロッパを結ぶボスポラス海峡にかかる第一の橋で、イギリスとトルコの共同でかけられた。


海峡のリゾート.jpg

ボスポラス海峡を眺めるリゾートハウス


アヤソフィア.jpg

ローマ帝国時代、紀元4世紀ごろキリスト教の教会として建てられたアヤソフィア、その後の地震に対しても直径20mのドームも崩れることなく残っている。古代建築の美と知恵を感じる。

アヤフィア内部.jpg

13世紀オスマントルコが修道院や教会をモスクに変えた。このアヤソフィアもその一つでキリスト教の壁画も漆喰で上塗りされていたが、トルコ共和国になって元のように一部復元され、現在博物館となっている。 


復元マリヤの絵.jpg

アヤソフィヤの内壁の「キリストを抱くマリヤ」が現れている。

2012年4月23日

トルコの料理

美味しいものがいっぱいです。
今日はパッムッカレ(聖書ではラオデキヤ)または(ヒエラポリス)からエペソ、ペルガモを通ってエーゲ海のエデレミットに到着。走行距離400km。

トルコの首都、中央高原アナトリアのアンカラからカッパドキアを経由パムッカレの間は標高1000m前後の高地(気温5-17℃)で、ほとんど羊肉中心でチーズ、ヨーグルト、各種パン、トマト、ポテト、ピクルス等が多かった。ある人は香辛料が強すぎると言っていた。
それも美味しかったが、今日エーゲ海の海岸地方に来て(最高気温29°C位で暑い)さらに食材が豊富となり、美味しいものがいっぱい。
ツアー同行者たちは体重増加を気にしているようだが、食欲には勝てないで「まーいいか」です。

「そこで、あなたに勧める。裕福になるように、火で精錬された金をわたしから買うがよい。裸の恥をさらさないように、身に着ける白い衣を買い、また、見えるようになるために、目に塗る薬を買うがよい。」
           ヨハネの黙示録3章18節

バルーン.jpg

カッパドキアで気球に乗って上空から奇岩(キノコ型に削られた岩)を見る


ジャム.jpg

朝食にヨーグルトにかけるジャム、いちご、あんず、さくらんぼ、はちみつ等


ヨーグルト.jpg

バスの休憩所で食べたヨーグルトは最高、松の花のはちみつにケシの実をまぶしたもの、よく混ぜて食べる


アヤラン.jpg

塩味の飲むヨーグルトで、エーゲ海沿いの強い太陽下に飲む爽やかな味


チーズ.jpg

チーズの種類が豊富、柔らかいチーズが人気


フルーツー1.jpg

あらゆるフルーツが作られているが、定番はりんご、オレンジ、いちじく等

2012年4月19日

世界遺産の町サフランボル

トルコの首都アンカラから北へ200km、黒海に近い旧市街サフランボルへ行った。
オスマントルコ時代に隊商都市として栄えたが近代廃墟となっていたところ、昔の生活をもう一度再現しようとしてできた町並み。木と土壁で作られた独特の建築、またこの地名は香料花サフランが群生していたところから名付けられた。
礼拝堂、バザール、トルコ風呂、カフェがあり人々がスローライフをエンジョイしている。世界遺産になっているが日常生活をするために観光客が訪れる箇所を制限しているが経済も活性化た。
トルコはイスラム圏だが、偉大な政治家、初代大統領アタチュルクが政教分離を唱え、民主主義が行われ、現在活力のある国です。農産物、畜産物が豊富で食料自給率100%です。
日本も政治屋でなく本当の政治家が現れてほしい。

「わたしたちが聞いて悟ったこと
  先祖がわたしたちに語り伝えたことを。」
          詩篇78編3節


村の景色.jpg

世界遺産のサフランボルの街並み


アタチュルク.jpg

偉大な政治家、トルコ建設の父アタチュルク


チャイ.jpgトルココーヒー.jpg

チャイとトルココーヒー

2012年4月16日

春のトルコ、イスタンブールへ

旅に出ます。
3年前から計画していたが、色々な事情(3・11やエジプトの革命等)でキャンセルとなりのびのびとなっていた旅行です。
新約聖書のパウロという伝道者がユダヤ人以外の国の人に「キリストの救いと復活」伝えた町々を訪ねる旅。

この一人の人パウロからユダヤの片田舎から出たキリストの教がイスラエル(ユダヤ)からトルコ、ギリシャ、ローマを経てヨーロッパへ伝えられたのです。そして現在世界の人々に愛されているキリスト教となったのです。

中近東の旅は初めてなのでいろいろと気になることがあるが、異文化を体験できることは楽しみ。
特にイスタンブールは東のアジアと西のヨーロッパがぶつかる地、多くの文化といろいろな国の人々が共存するのはどんな町だろう?

「わたしはあなたを国々の光とし
 わたしの救いを地の果てまで、もたらす者とする。」 
          イザヤ書49章6節

パウロ第2回伝道旅行.jpg

紀元1世紀パウロが第2回目に伝道旅行した道

2012年4月 8日

イエスはよみがえられた!

4月8日(日)、今日は復活祭(イースター)です。
私たちは小さなグループですが茅ヶ崎で復活祭の礼拝を行なった。

日本の社会において、クリスマスはどこでも(お寺でも)行われるほど普及しているが、イースターはほとんど馴染みがない。
イエスが十字架にかかり死んで、3日目によみがえった、これは歴史上の事実です。
パウロは「最も大切なこととしてわたしがあなたがたに伝えたのは、わたしも受けたものです。すなわち、キリストが、聖書に書いてあるとおりわたしたちの罪のために死んだこと、葬られたこと、また、聖書に書いてあるとおり三日目に復活したこと、ケファに現れ、その後十二人に現れたことです。
次いで、五百人以上もの兄弟たちに同時に現れました。そのうちの何人かは既に眠りについたにしろ、大部分は今なお生き残っています。
次いで、ヤコブに現れ、その後すべての使徒に現れ、そして最後に、月足らずで生まれたようなわたしにも現れました。」使徒の働き15章3-6節

この世の多くの人にとって、キリストの復活は事実ではありません。使徒の働き17章32節にあるように、古代のギリシャ人と同じように「死者の復活ということを聞くと、あるものは嘲笑い、あるものは、『それについては、いずれまた聞かせてもらうことにしよう』と言った。」とあるとおり。

しかし私たちクリスチャンにとってイースターがとても大切なことは、
死んでいたのが生き返った、新しい命に復活して永遠の命に変えられるからです。

「死は勝利に飲み込まれた。
 死よお前の勝利はどこにあるのか。」死に勝利した、とイエスは言われた。


復活うさぎ.jpg

日本の社会では最近目にしないイースター・エッグ、イースター・バニー


満開の桜.jpg

今年のイースターは桜の咲く時にあたった(寒さのため桜開花が遅れた)

2012年4月 7日

桜の季節が来た

今年も桜の季節が来た。
この世はいっぱいの苦しみや悲しみで満ちているが、桜花が多くの人の人生を明るくしてくれる。
また、これから社会へ出る人たち、進学した人たちも希望で胸がふくらむ。
それが桜の使命かも!!

 

「そればかりでなく、苦難をも誇りとします。わたしたちは知っているのです、苦難は忍耐を、忍耐は練達を、練達は希望を生むということを。
希望はわたしたちを欺くことがありません。」 
          ローマ人への手紙5章3-5節

さくらー3005.jpg

団地の桜も


サクラー1.jpg

相模川の海老名側から厚木を見る


サクラー2.jpg

川沿いの桜並木

2012年4月 2日

春の畑


寒い日とか、春の嵐だとかいろいろあったが、やっと春が来た。
春は畑が忙しい。
畑の大麦、豆類、ブロッコリー、カモミール、いちご等野菜や、草花は確実に根をはり成長している。

いちごは甘くなるように、追肥を根から少し離したところに与え、枯れた下葉を取り除き実を清潔なところで育てられるようにした。そして少しでも早く実が熟すようにビニールでトンネルを作った。
ちょっと心配なのはミツバチが花に来れなくなること。仕方ないから手に筆を持って花の花粉をつけてやるしかないです。
いちごはとかく手間がかかるが、収穫の楽しみも格別です。

あー忙しい!春の畑です。


「大地よ、恐れるな、喜び躍れ。主は偉大な御業を成し遂げられた。
野の獣よ、恐れるな。荒れ野の草地は緑となり、木は実を結び、いちじくとぶどうは豊かな実りをもたらす。」
      ヨエル書2章21,22節

ハウスいちご.jpg

ビニールトンネルの中、いちごの花


野菜.jpg

レタス、カモミール、のらぼう菜


鳥たち.jpg

鳥たちも忙しい、庭で虫をとっているのか

Copyright (C) 2006 by Bible Ministry Co. All rights reserved.