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2011年9月28日

バジルの香り

気温18度、湿度30%、空は快晴、田んぼは刈り入れを待つ爽やかな秋の朝だった。
私の今日の仕事は農園のバジルの葉を摘んでバジルソースを作る作業です。

春に息子たちと行ったお台場のイタリアレストランで味わったバジルソース(ジェノベーゼ)の虜になった。
それ以来たびたび自作のバジルでバジルソースを造って、ミニトマトにチーズとバジルソースをのせオーブンで焼いたものを食べている。お隣の84歳のTI爺さんはパンにつけて焼いただけでも美味しいとのこと。
今年のベスト・テーストである。

友人のHRさんから沢山つくって冷凍保存しておくと聞いたので、今回トライした。
しばらくの間この味を楽しめそうです。
美味しいものを発見すること、美味しいものを食べることは平和な喜び。
自分の農園で採れたものを使って出来るのは最高です。


「人間にとって最も良いのは、飲み食いし
 自分の労苦によって魂を満足させること。
 しかしそれも、わたしの見たところでは
 神の手からいただくもの。」   コヘレトの言葉2章24節


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農園のあちこちに植えてあるバジル、良い香りを放ち草むしりも楽しい


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レッド・バジルの花 部屋に飾るもよし


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これから秋の日の畑仕事は楽しい、しその実を摘んでいる

2011年9月21日

田舎暮らしへの思い

老後は田舎で暮らしたい。
「自分で暖炉のある家を建ててみたい、食料を自給し、自分でブルーベリージャムを作りたい、自然エネルギーで生活をしてみたい!」と思って、退職後一時、箱根、伊豆、長野、山梨等近郊でふさわしい場所を探し求めたことがあった。
これらの条件を満たすのは経済性も考え、かなり都市から離れた場所で、どちらかというと不便な場所です。

そしていつも現状の生活と田舎暮らしの生活のメリット、デメリットを比較して現状の価値に重さを感じてしまうのでした。(経済的健全性、老齢の病気への対応、生活の快適さ維持等々)
田舎暮らしは多くの人が抱く思いで、それを実行している人達の話を聞いたりTVで見たりする機会があり、羨ましくも思う。

しかし私達が今決断する特別な導き、インスピレーションは現状での取り組みです。
現状で出来るだけ田舎暮らしに近い生活をしようということです。
すなわち、畑を耕し野菜を作り食糧の自給に努める。
省エネルギィーのシステムを構築し、また再生エネルギーでエネルギーの自給に心掛ける。
そしてコニュ二ティーで良い人間関係を保ち、また旅行しながら文化芸術を味わい心豊かに生活することです。
これって、まだ若いってことか、あるいは年とり過ぎたってことでしょうか?


「私は山に向かって目を上げる。
 私の助けは、どこから来るのだろうか。
 私の助けは、天地を造られた主から来る。」
           詩篇121編1節

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海老名にはまだ田んぼが残っている、そろそろ新米の収穫時期です(丹沢山塊の大山を望む)


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今夏は、我が農園でミニトマトが毎日かごいっぱい取れた、手前はベレーカボチャ


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出窓で日中太陽光発電をし、夜にはリビングにおいて常夜灯にしている

2011年9月14日

案山子(カカシ)の力

今年も案山子祭りが始まった。(9月10日ー25日)
田んぼのあぜ道に50体ほどのカカシが飾られた。
飾られるカカシは、毎年その年の世相を反映したものが多い。
今年は。東日本大震災で被災した人たちを励ますもの、女子サッカーのなでしこ・ジャパン、東京のスカイツリーなどどれも傑作ぞろいです。
特に今年は「海老名市制施行40周年の記念」を祝うものもある。

これらのカカシは本来の力(実った米をスズメから守る)を失い、現在の役目は町の集客用出し物である。
田んぼの中にはカカシの本来の用途の方には手が回らなかったようなものもある。
でもたくさんの人が見に来てくだされば、きっとスズメも逃げていきその用を果たせるのかもしれない。
「ま~、いっか!」


「主よ、天があなたの驚くべき力を告白し
 聖なるものがその集会で
 あなたのまことを告白しますように。」    詩篇89編6節


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海老名市、市制施行40周年記念のカカシ祭り


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東日本大震災に対し、励ましと応援をしてくださった世界中の人に感謝して


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なでしこ・ジャパン(誰?わかるでしょう)


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ここまでは手が回らなかったようで、淋しく・・・・・・


2011年9月 9日

横浜で始まる

先日、秋のような爽やかな日の午後、一人の友 ルイス・ラオさんと横浜に行った。
彼は宣教師として日本に20年近く、(京王線沿線に住んでいるためか)住んでいるシンガポール人ですが、あまり横浜に来たことがなかったようです。
私は鶴見の豊岡小学校、鶴見中学校、鶴見高校(中途)と少年時代横浜で過ごしたので地元民です。さらに25歳の時、キリストに生涯従って生きたいと決心したのも横浜です。今は離れていますがとても愛着があります。
これから横浜でハウスチャーチをしたいという思いがあった。彼はそれに賛同しそれで共に祈ろうということでした、「では Prayer Walking をしよう」 ということで祈り心を持って現地を歩いた。

「あなたがたの中で善い業を始められた方が、キリスト・イエスの日までに、その業を成し遂げてくださると、わたしは確信しています。」
      フィリピ人への手紙1章6節


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かつて太平洋の荒波を航海し、今は退役して別の役目を果たしている日本丸
(ランドマークタワーの25階から)

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やはり海は広くて気持ちが良い


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初秋の夕日を浴びて、山下公園に集まる人たち


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最後は中華街で、それぞれ家族に美味しいお土産をゲット

2011年9月 5日

スモール・イズ・ ビューティフル 再論

この夏、アマゾンで買って読んだ本、「スモール・イズ・ビューティフル再論」E・F・シュマッハー著を紹介します。シュマッハーはヒットラーの登場で祖国ドイツを去り、イギリスに亡命した経済学者。
この「再論」は1977年出版の「スモール・イズ・ビューティフル」にそれ以後の小論文をまとめたものです。

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地球環境に配慮し、人間の身の丈にあった「精神性」のある経済、すなわち「人間中心の経済学」を提唱。社会は「束の間の」価値ではなく、「永遠の」価値ある財を生産すべきである。また工業、農業、環境の持続可能性の基礎としての、持続可能で汚染の危険のないエネルギーの供給をすべきと。

「規模の臨界点」においては、健全な人に一番必要なことは
①創意を発揮して生産すること、②サービスを提供すること、③自分の道徳に従って行動すること、と言っている。
そして人間というものは、小さな、理解の届く集団の中でこそ人間でありうる。
これが「スモール・イズ・ビューティフル」たる一つの特徴、ゆえんです。

国家においてエネルギーと食糧は最も大切なものである。それゆえ自給率を高めることが必要。
それが地産地消である。

今、東日本大震災後の東北地方復興において叫ばれている「エネルギーと食糧の地産地消」である。
これは決して、遠い国から石油や食料を運んでくるのではなく自然エネルギーを捉え、自分たちで作った物を食べることです。また地域の小さなコミュ二ティーを大事にすること、そこに創意やサービス、自己の道徳が輝くのです。

そうはいっても私にはなにも出来ないという人に、シュマッハーの言葉を借りるなら
「私は意気消沈などしていない。私の手では、より良い世界へわれわれの船を送り込む風は起こせない。だが、帆を上げる位はできるから、やがて吹く風を捕まえることはできる。」


「人は、たとえ全世界を手に入れても、自分の命を失ったら、何の得があろうか。自分の命を買い戻すのに、どんな代価を支払えようか。」
     マルコによる福音書8章36、37節

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ニラ(花が咲いた)の畑に休むトンボ、秋が近い

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