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2011年5月26日

東日本震災の津波の跡を見て

25日東北に津波の被害を見に行った。
すごい!まさに復旧ではなく、復興するしかないほどの被害です。

以前から東北大震災のために現地で何かしたいと思っていた。しかし力も金もない70歳近い年寄りにとって出来ることは限られいる。被災地へ行って救援や復興する人の足手まといになってはいけないので、なかなか行くチャンスがなかった。
そんなある時、仙台でロケットの研究をしている学生時代の友人、ドクターTHさんから一度被災地に来てみないかとのメールをいただいた。
そして今回、亘理町、松島市、石巻市等の被災地を案内していただき訪ねることが現実になったのです。
TVで何回も見ているのだが、やはり現実を見るとその被害の大きさに言葉が出ない。

また1.5m位水に浸かった商店街で復旧作業がされていた、今日やっとオープンしたというコンビニもあった。
しかし本当に復旧していいのだろうか?また同じ被害に遭うことはないだろうか?
生きていかなければならないが、不安が残る。
現地の状況を直接見ると現実が一層近く感じる。
続けて祈っていこう。

「イエスはトマスに言われた。『あなたの指をここに当てて、わたしの手を見なさい。また、あなたの手を伸ばし、わたしのわき腹に入れなさい。信じない者ではなく、信じる者になりなさい。』
トマスは答えて、『わたしの主、わたしの神よ』と言った。」
    ヨハネによる福音書20章27,28節
(トマスはイエスの復活を信じられなかったが、イエスの現実を見て信じた。)

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震災後すでに2カ月経つが船が陸に置き去りにされたまま、(北上川河口の石巻港にて)


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石巻工業港、津波で流された車の残骸を処理中 (石巻の日和山公園より)


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石巻市民憲章をすべての人が心に留めてほしい  (日和山公園にて)


2011年5月21日

自然エネルギーへ

現在、私の最大の関心事は一日も早い福島の原子力発電所の事故が終息すること。
しかし冷却、廃炉、使用済み燃料の処理などまだ多くの工程があり、相当の時間がかかることでしょう。
TVの映像で年老いた人々が長年住み慣れた美しいふるさと(飯館村)を離れていくのを見ると、なんとも言葉が出ません。
さらに原子力発電で得た電気を使ってきたことへの悔しさが加わるのです。

原子力発電がどんなに効率が良くても、クリーンでも人間が生きられない環境をつくりだすなら、それはしてはいけないことです。
日本はこれからエネルギーをどうするか、もちろん原子力から自然エネルギーへ転換していくべきです。
原子力がなかったら「停電」だという専門家もいたが、デンマークでは市民共同開発による自然エネルギーを柱に電力自給率200%に迫ろうとしているそうだ。日本だって不可能ではない。
確かに自然エネルギーは不安定な部分はある、それゆえ蓄電、蓄熱の技術をもっと発展させ安定的なエネルギーとするのです。
この震災でもう一度スタートラインに立ち、エネルギー政策を検討し、全日本国民がライフスタイルを考え、私達の子供や孫のために美しく、住みよい日本を残したいものです。

「わたしは、あなたたちのために立てた計画をよく心に留めている、と主は言われる。それは平和の計画であって、災いの計画ではない。将来と希望を与えるものである。
そのとき、あなたたちがわたしを呼び、来てわたしに祈り求めるなら、わたしは聞く。」
                                                
 エレミヤ書29章11,12節

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本厚木の萩野運動公園の藤棚


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農園のカモミールの群生、花を摘んでリンゴの香りのカモミールティーに


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もう青いトマトがお目見えです

2011年5月14日

お母さんありがとう!

五月の第2日曜日、5月8日は母の日でした。
(1908年アメリカのある夫人が亡き母親を偲び、母が日曜学校の教師をしていた教会で記念会をもち、白いカーネーションを贈った。これが日本やアメリカでの母の日の起源とされる)

我家でも毎年母の日を覚えて、子供達が「お母さんありがとう」とささやかなプレゼントをしてくれます。
早速、遠方にいる長男が妻の大好きなフラワーバスケットを送ってくれた。
そして今年は、8日(日)に三男のいる東京のお台場で二男夫婦にランチをご馳走になり(妻はお台場なる場所がどこにあるか知らないので一度行ってみたかったとのこと)それと、新しいデスクトップのパソコンをプレゼントされた。現在使っているのが古くなり、使い勝手が良くないのでとてもうれしがっていた。
また海の好きな妻にとって、海が見えるレストランでのランチはとても楽しかったようです。
「生きていると人生うれしい事があるね」と、子供たちに言っていたそうです。
本当にありがとう!

ところが、プレゼントされたパソコンを私達、老人二人で何とかセットアップしたのですが、どうも調子が悪く(いつも新しいパソコンには悩まされる)画面の変化が遅い。
結局13日(金)二男に電話して調整に来てもらった。
二男も手こずっていて、ついに徹夜して明け方やっと正常に起動したようです。パソコンのセットアップがもう少し簡単に(老人、素人にも)出来ないものかと、いつも思う。
でも正常に起動したときの喜びは格別です。
母の日のイヴェントが結局一週間続いたのです。感謝


「息子らは立って彼女を幸いな人と呼び
夫は彼女をたたえて言う。
『有能な女は多いが
あなたはなお、そのすべてにまさる』と。」   箴言31章28節


母の日ー2.jpg

クマさんまでお祝いしてくれているのは嬉しいではないか


お台場ー1.jpg

海浜公園にて、三男と


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暑い母の日でした

2011年5月 7日

ズッキーニ

今年は暑い日があるかと思うと寒い日が急にきたりで、なかなか夏野菜の苗を植えられなかった。
やっと気温の高くなって、JA(農協)にも野菜の苗が並ぶようになってきた。
結局、5月になって畑仕事をすることになり連休はそれを楽しんだ。

妻は去年初めてズッキーニ料理のとりこになった。
ズッキーニはホームセンターにもJAでもあまり出ないので、自分で苗を作るために種を蒔いた。
ある日、妻が「町の種屋さんでズッキーニの苗を売っていたよ」と言うので1本買にいった。
ズッキーニは雄花と雌花を交配しないと実がならないので、2本以上必要なのです。私は種から育てているのでそれを植えようと思っていたのでまずは1本ぐらい買っておけばいいと思った。妻が「ケチらないで2本買ったら」と、妻があまり言うのでもう1本買った。(神とかみさんには従った方がいいと)
次の日JAに行ったら町の種屋さんの半値で売っていたので、もう2本買った。
そしたら蒔いた種の芽が2本出て来たので、それも植えて結局は6本(1m間隔)を植えることになった。
狭い畑がズッキーニがメーンになってしまった。
今年はズッキーニがドッサリなるでしょう。感謝


「見よ、その日が来ればと
主なる神は言われる。わたしは大地に飢えを送る。
それはパンに飢えることでもなく
水に渇くことでもなく
主の言葉を聞くことのできぬ飢えと渇きだ。」   アモス書8章11節

農協花店.jpg

JAさがみの花店に並んだ夏野菜の苗


初イチゴ.jpg

イチゴがだいぶ色づいててきたので鳥予防のネットをかけた


ズキーニの苗.jpg

ズッキーニの苗を植えて風よけビニールを


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10時のお茶の時

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