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2009年6月27日

さて, 足の確保を

リージェント・カレッジはブリティッシュ・コロンビア大学(UBC)の一角、キャンパスは広いのでどうしても自転車が必要。
リージェントの近くにスチューデント・ユニオンがありそこに自転車屋さんがある。まず、足となる自転車を借りにいったら適当なのがないし、2週間レンタルするなら買った方が安いので町に行って買ったらどうかとのアドバイスだった。

早速教えてもらったバスに30分位乗ってMain Streetの店に何とか着いたら5時05分だったので明日来てくれとのこと。なんと商売気がないんだろう!

翌朝またバスに乗って行った。店の前に何人かの人が開店を待っていた。
自転車の中古屋さんで、自分で適当なのを見つけ必要に応じて部品を取り換え好みのタイプにするのです。難しい部分は手伝ってもらい職人の時間給を払うシステム。65ドルのベースに変更部品代で合計80ドルでゲット。

バスの前面に乗せて帰ろうかと思ったが、空気も冷たく気持ちがいいし、急ぐ旅ではないのでそのまま乗って帰った。2時間かかリ、少しお尻が痛くなった。
ともかく足を確保できてひと安心。

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2週間の滞在期間貴重な足となる自転車


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自転車をバスの前に乗せて運んでくれる


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町の通りには花屋さんがとても多い

2009年6月26日

バンクーバーから

成田からユナイテッド航空で約9時間、現地時間で朝9時半シアトル(タコマ)空港に着いた。
デスティネーション(最終目的地)はカナダのバンクーバーなのにシアトルで、両手の指紋を取られアメリカ入国手続きをさせられた。荷物も成田でバンクーバーまで送ったつもりなのにいったん引き取って通関することになった。ユナイテッド航空ではバンクーバーは国内線とのこと。バンクーバーの空港でもう一度カナダ入国手続きをした。なぜか理由は分からないがローカルルールには従わないといけないことがある。

バンクーバーの気温は13度、快晴で湿度がないからとても気持ちがよい。
まずは、宿舎に入ってインターネット接続をし、そして足(自転車)の確保が第一の仕事です。

「神の御手が恵み深くわたしを守り、王がわたしに言ってくれた言葉を彼らに告げると、彼らは『早速、建築に取りかかろう』と応じ、このよい企てに奮い立った。」
                ネヘミヤ記2章18節

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シアトル空港から50ー60人乗りのプロぺラ機で約45分でバンクーバーです


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夏の観光シーズンが始まってか空港内は人でいっぱい、税関係員がとても愛想がいい


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これから2週間御世話になる宿舎、St.John's Collegeです。


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2階の自室から見たST.JJohn's College の中庭、緑がいっぱい

2009年6月23日

夏の朝に

今、夏至の頃が一年で一番日が長く、朝が明けるのが早い。
4時ごろにはもう空が明るくなっている。
そして朝の空気は涼しく気持ちがよい。
週3,4回朝の散歩に出る。(前日の夕方散歩しなかったときは出来るだけしている)
サラリーマン時代は時間に追われ、何十年も朝のこの気分を楽しむゆとりがなかった。
そう今思い出す。子供のころは学校に行く前に、川に釣りに行ったり、伝書鳩を遠くへ飛ばしに行ったり、庭で薪割りをしたり、新聞配達をしたりして朝の時間と空気を楽しんだことを。
朝飯前のひと時をもっと楽しもう。
しいては地球温暖化防止のためにも早寝早起きが役に立つ。
今朝も気持ちの良い朝だった。

「若者よ、お前の若さを喜ぶがよい。
青年時代を楽しく過ごせ。心にかなう道を、
目に映るところに従って行け。
知っておくがよい、神はそれらすべてについて、
お前を裁きの座に連れて行かれると。」
           コヘレト(ソロモン王)の言葉


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日中は子供たちでにぎわっている


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棟の入口横につくられた花壇の花に朝露がおりている

2009年6月16日

絆を太く

96歳の母に会いに行った。
母は兄夫婦の家で何不自由なく暮らしているが、以前から少し認知症が始まっている。
「子供はいるのか?」「結婚できてよかったんな」「ソックス編んであげるけど、何色がいいかな?」と、息子が久しぶりに来たので少し興奮気味に次々と話す。

「今は靴下いっぱいあるからいいよ」と言ったら、母は少しがっかりしたように「そうか・・・・・」と。
あーあ、言わなくてもいいことを言ってしまった、と気付いた。
ヒトは聴くことが苦手です。私もその一人。

以前読んだミヒャエル・エンデの『モモ』に
「ある廃墟となった円形劇場に住み着いた女の子モモは、相手が大人であれ子供であれじーと話を聞いたのです。モモに話を聞いてもらっていると、バカな人もきゅうにまともな考えが浮かび、どうしていいかわからずに思い悩んでいた人は、きゅうに自分の意思がはっきりしたりします。」というようなことが書いてあった。
モモが聞いてくれるだけで、ベッポもジジもニノもニコラも、みんなが幸せになるのです。

人間と人間の絆が細くなっている時代です。親子の絆、家族の絆、夫婦の絆を太くするために相手の話をじっくりと聴こう。傾聴しよう。

「信仰は聞くことから始まり、聞くことは、キリストについてのみことばによるのです。」
                   ローマ人への手紙10章17節


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コリントの遺跡、円形劇場もあったようだ


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ひょうきんなギリシャの子供たちも歴史(人類学)を学んでる

2009年6月 3日

田植を見て

我が海老名村?の田んぼの畦道が活気を帯びています。
今田植えの真最中です。

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最近霞ヶ浦の近くの稲敷市によく行きます。そして農家の方と話す機会がありました。「稲敷は戦後政府が、満州からの引揚者のために、霞ケ浦の一部から水を排出し田んぼにして払い下げた。それでここは稲しかとれず、稲敷という地名になった。」と聞きました。

私の行く農家の方はご高齢(ご夫婦とも82歳)ですが、毎年2町歩の田んぼで稲を作ります。夫婦2人で食べていくのに精一杯で、農機具の借金もあると言っていました。もちろん子供たちは農業を継ぎません、食べていけないのでサラリーマンになったのです。近い将来のコメつくりが心配です。

コメはなんといっても私たち日本人の主食です、主な食糧です。
コメを作って家族がそれなりの生活ができないのはどこかおかしいです。
選挙によって農業政策の変更で農家が翻弄されるのも良くない、また日本の食料自給率が上がることも必要なことです。

今こそ、高い米価を維持するため減反し農家を保護するのか、大規模農業にしコメが輸出できるようにするのか、政府の100年先の計画が必要です。
それに応じて現在とるべき中期、短期の政策を実施するべきです。
今回は堅い話になりました。

「塔を築こうとするとき、まずすわって、完成に十分な金があるかどうか、その費用を計算しない者が、あなたがたのうちに一人でもあるでしょうか。」
             ルカによる福音書14章28節

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