1、クリスチャンは「教会」に行かなければいけないのでしょうか?
答えは、「YES」「はい」です。
なぜなら「教会」は、この世にあってキリストの体であり、神のみ業は「教会」を通して現れるからです。
2、その「教会」はどんなところでしょうか?
マニラ日本語教会(MJCC)は一時、事務所ビルの一室で礼拝をしていました。あるとき娘さんに連れられて始めてMJCCにこられたお父さんがジェスチャーを交えて言いました「教会は屋根の尖ったところではないのか?」と。
ヨーロッパには屋根の尖った教会があります、またハワイに行くと日本のお城の教会もあります。それは教会堂です。
新約聖書の時代、使徒たちが伝道してエルサレムに教会ができました。しかし聖書には教会の形や建物自身の記録はありません。
多くの人が「教会」をいろいろな意味で誤解しています。
3、では「教会」とは何か?
「教会」は語源のギリシャ語ではエクレーシアといい「召しだされた者の集まり」という意味です。すなわち神を礼拝し、神に大胆に近づく集団です。
使徒の働き2,41-47に
「そこで、彼のことばを受け入れた者は、バプテスマを受けた。その日、三千人ほどが弟子に加えられた。そして、彼らは使徒たちの教えを堅く守り、交わりをし、パンを裂き、祈りをしていた。そして、一同の心に恐れが生じ、使徒たちによって、多くの不思議なわざとあかしの奇蹟が行なわれた。信者となった者たちはみないっしょにいて、いっさいの物を共有にしていた。そして、資産や持ち物を売っては、それぞれの必要に応じて、みなに分配していた。そして毎日、心を一つにして宮に集まり、家でパンを裂き、喜びと真心をもって食事をともにし、神を賛美し、すべての民に好意を持たれた。主も毎日救われる人々を仲間に加えてくださった。」と、
「教会」としての姿が書かれています。
またイエスが語られた「教会」という言葉はマタイの福音書に2箇所出てきます。使徒を代表したペテロがイエスを神の子キリストであると告白した時、主イエスは彼に「あなたはペテロです。わたしはこの岩の上にわたしの教会を建てます。」(マタイ16,18)と言われた箇所です。
イエスをキリストと告白する使徒達の教えを基礎として、キリストの教会が建てられるのです。
教会が本当に「わたし(キリスト)の教会」でなければそれは教会といえません。ウォルフガング・シムソンは自著「Starfish Vision」の中で、2000年間わたし達はイエスが期待していた教会と異なった(God madeでなくMan made)の教会を建ててきたのではないかと自問しています。
ではキリストの教会とは? つづく

ニューヨーク,ウォール街にある尖塔のトリニティー教会

マニラのマッキンレー通りのサンアントニオ教会

マニラ日本語教会があるドーム型のユニオンチャーチ

ハワイのマキキ教会、四国の高知城に似せてつくられた教会