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2009年1月27日

甘酒造り

この時期は、近くの家々で甘酒を造る季節だ。
というのは、JAグリーンセンターでこの時期のみ甘酒用の米麹が販売されるから。市販の甘酒より自分で作った甘酒はなんともいえない甘さで、昔を思い出す好い味です。とても気に入っている。
我が家では一昨年暮れから密かに甘酒造りに励んでいる。
美味しい甘酒を造るには醗酵のタイミングをつかむ、結構エキサイティングです。
今年も一回目は、あまり気を遣いすぎて長時間暖め過ぎてうまく行かず、酢になってしまったので畑の肥料になった。
2回目は大成功でした。
米麹300gに、もち米250gで硬めのおかゆを作り混ぜる。そして湯たんぽの上に載せ毛布で巻いて、12時間ぐらいしたら点検する。麹菌が働いて水分が出て甘くなったらOK。これで出来上がりではありません。それ以上醗酵が進まないようになべに入れて沸騰させて出来上がり。しばらく保存が可能です。
まだ米麹を売っていたので3回目挑戦しています。おいしく出来ますように。

「だから、目をさましていなさい。あなたがたはその日、その時を知らないからです。」マタイの福音書25章13節


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冬空に枯れ木の実

2009年1月22日

教会とは(1)

1、クリスチャンは「教会」に行かなければいけないのでしょうか?
答えは、「YES」「はい」です。
なぜなら「教会」は、この世にあってキリストの体であり、神のみ業は「教会」を通して現れるからです。

2、その「教会」はどんなところでしょうか?
マニラ日本語教会(MJCC)は一時、事務所ビルの一室で礼拝をしていました。あるとき娘さんに連れられて始めてMJCCにこられたお父さんがジェスチャーを交えて言いました「教会は屋根の尖ったところではないのか?」と。
ヨーロッパには屋根の尖った教会があります、またハワイに行くと日本のお城の教会もあります。それは教会堂です。
新約聖書の時代、使徒たちが伝道してエルサレムに教会ができました。しかし聖書には教会の形や建物自身の記録はありません。
多くの人が「教会」をいろいろな意味で誤解しています。

3、では「教会」とは何か?
「教会」は語源のギリシャ語ではエクレーシアといい「召しだされた者の集まり」という意味です。すなわち神を礼拝し、神に大胆に近づく集団です。

使徒の働き2,41-47に
「そこで、彼のことばを受け入れた者は、バプテスマを受けた。その日、三千人ほどが弟子に加えられた。そして、彼らは使徒たちの教えを堅く守り、交わりをし、パンを裂き、祈りをしていた。そして、一同の心に恐れが生じ、使徒たちによって、多くの不思議なわざとあかしの奇蹟が行なわれた。信者となった者たちはみないっしょにいて、いっさいの物を共有にしていた。そして、資産や持ち物を売っては、それぞれの必要に応じて、みなに分配していた。そして毎日、心を一つにして宮に集まり、家でパンを裂き、喜びと真心をもって食事をともにし、神を賛美し、すべての民に好意を持たれた。主も毎日救われる人々を仲間に加えてくださった。」と、
「教会」としての姿が書かれています。

またイエスが語られた「教会」という言葉はマタイの福音書に2箇所出てきます。使徒を代表したペテロがイエスを神の子キリストであると告白した時、主イエスは彼に「あなたはペテロです。わたしはこの岩の上にわたしの教会を建てます。」(マタイ16,18)と言われた箇所です。
イエスをキリストと告白する使徒達の教えを基礎として、キリストの教会が建てられるのです。

教会が本当に「わたし(キリスト)の教会」でなければそれは教会といえません。ウォルフガング・シムソンは自著「Starfish Vision」の中で、2000年間わたし達はイエスが期待していた教会と異なった(God madeでなくMan made)の教会を建ててきたのではないかと自問しています。

ではキリストの教会とは?               つづく


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ニューヨーク,ウォール街にある尖塔のトリニティー教会


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マニラのマッキンレー通りのサンアントニオ教会


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マニラ日本語教会があるドーム型のユニオンチャーチ


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ハワイのマキキ教会、四国の高知城に似せてつくられた教会


2009年1月21日

「ごめんなさい」と言う

退職後の熟年離婚が急増しているそうだ。
「日本の男は決してあやまらない。」と言われている。

ある熟年男性が病床で奥さんに「これまでの長い間仕事とはいえ家庭を顧みなかったこと、時には放蕩したことを赦してほしい。」と書かれた一枚の手紙を渡した。奥さんはこの紙一枚で四十年間の怒りを許すわけにはいかないと心で言ったと、ある説教者の話。

先日、友人が神妙に今年は「許し」ということを考えてみたいと言っていた。イスラエルとパレスチナ紛争、韓国および中国と日本の関係、そして江戸時代の忠臣蔵の敵討ち、更に自分の家族、奥さんとの関係に話が及んだ。
私自身冒頭の「男は決してあやまらない」には心が痛む者です。

学校のいじめから家族間の暴力、国家間の戦争まで加害者、被害者の受けた傷はトラウマとなって人生を惨めなものにし、何世代にも悪影響を与えるのです。これは「呪いの連鎖」といわれている。
今年こそは、この「呪いの連鎖」を断ち切ろうと思うのです。
その第一歩が、即「ごめんなさい」と言うことだ。

聖書のことばは真理です。「怒っても罪を犯してはいけません。日の暮れるまで、憤ったままでいてはいけません。」(エペソ書4章26節)とある。 憤ったままで長い時間が経つと罪を犯すからです。

きっかけ、理由は何でもいい。「ごめんなさい」と言おう。これが大人の仲直りの仕方ではないか。


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我が家のベランダ菜園のかいわれ栽培、家計の助けに


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新宿で見つけたカップル人形

2009年1月13日

ボケたときのお願い

昨今、日本人の平均寿命は、女性が86歳、男性が79歳ほどになりました。
それに伴い当然介護を必要としている高齢者が増えています。
誰しもいつまでも「自分のことは自分でしたい」と思うのが普通でしょう。

妻が、近年毎年遺言を書き改めていると言っていた。どちらが先かわかりませんが、私はまだ準備していません。それで、私はまず可能性の高いものとしてボケの対処法をお願いしようと考えています。
最近出合った本「フレディの遺言」の言葉を持ってお願いしようと思います。

『しっかりして!』と、 大きな声で怒鳴られても、 ただ恐ろしいので、おびえるだけです。

ですから、私に何か言いたいことがあれば、
笑顔で優しく、簡単に話してくださいね。

「主よ。あなたのおきての道を、私に教えてください。そうすれば、私はそれを終わりまで守りましょう。」
        詩篇119編33節


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「フレディの遺言』フレディ松川著
お医者さんが書いた「私がボケたときのお願いを」をやさしい絵入りで書いたものです。

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三川公園でワンちゃんたちの散歩

2009年1月 6日

ネバーギブアップ

正月、NHKテレビの『ノーベル賞の小林、益川さんにとことんQ』という番組で、若者が「ある研究がいやになった時どうしますか?」と言う質問に、小林さんは「一時頭の隅に置いとく」と答えられた。
一時ストップしてもあきらめないと言うことです。

主は信仰深い者に対して事をなすのです。
サライが高齢(90歳)になった時赤子(イサク)を宿した様に、またダビデが惠から程遠い罪を犯したのに、彼は赦されたのです。
決してあきらめない。
これが神からの答えを見逃さないコツです。
Never give up!
ネバー・ギブアップ!


「しかし、ヤコブは答えた。『私はあなた(神の使い)を去らせません。私を祝福してくださらなければ。』」   
           創世記32章26節


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明るい日差しに、ゴムの葉とポインセチア

なぜハウスチャーチをはじめたのか

わたしのスピリチュアル・ジャーニー

私は1964年、ビリーグラハム集会の後横浜国際バプテスト教会で洗礼を受けました。
1974-2002年まで約30年間、建築設備工事のため東南アジア(シンガポール、香港、マニラ)に駐在していました。JCF(日本語キリスト集会)という超教派の中で育てられました。日本に帰国しましたが、30年間のブランクのため身近に信仰の友がいませんでした。会社も退職する間近の年齢になり、年々高齢化していくので家の近くの教会へ行きたい。そして信仰を持った友達と生涯共に、聖書に忠実な生活をしたいとの思いで近所から教会探しを始めました。
これが私のスピリチュアル・ジャーニーの始まりです。

①2002年4-2003年9月大きな教会に行きました。霊的にも満たされとてもよかったのですが、私が恥ずかしがり屋で、気が小さいため、あまりの大きさに圧倒されて1年半通っても友達が出来なかった。
②それでは小さい教会に行けば親しい友ができるだろうと考え、2003年9月―12月、小さい教会にいきました、賛美が素晴らしくみなさんとてもフレンドリーでよい交わりでした。しかし(先代の宣教師の教えを守り)牧師の考えで、クリスマスをしない教会でした。大きなショックを受けました。クリスマスのない12月考えられますか?
③ひとりの牧師の考えに左右されない集会にと、2004年1月―2005年3月、牧師のいない集会に行きました。初代教会のようで理想的でした。しかし、指導者を偶像化していたのでついていけなかった。やはり最初の教派(バプテスト)に戻ってみようと、 
④2005年4月―2006年、同じバプテスト系ですが、文語体聖書を使う教会でしたが私自身は理解できたので良しとしました。しかしメンバーでないということで一年間通って聖餐式に1度も招かれなかった。
クリスチャンが聖餐に預かるとはどういうことか?と疑問を持ち教会を離れました。
⑤それ以後2006年4月からは各地の教会へ行きました。この4年間30-40近い教会に行きました。また会社でしたらミッションス・テートメント(教会目標)が壁にかかっていたりしますが、(クリスマスがありますか?)部外者が教会の方針など聞けるわけがありません。1年位通わないとその教会の中身は分かりません。自分の名前をふせたりしました。すると快く受け入れてくれません。そんなわけで近隣教会ではブラックリストに載っているのでこれ以上行くところがありません。わたしは日本の教会に馴染めないのかと、私の悩みは深まるばかりで、主に祈っていました。

そんな時2006年9月、HKで親しかったNM兄弟が悪性腫瘍で入院しているところで中野雄一郎牧師とお会いし、ITCN(インターナショナル東京クリスチャン・ネットワーク)集会の開始について聞きJTJ宣教神学校での祈りに導かれました。「ITCNは教会ではない、超教派である集会をする、そして将来はハウスチャーチを全国に100造る」とのこと。」

早速、昨年はハウスチャーチの現状について学ぶために、香港で開かれたHCカンファランス(2007年9月)へ行きました、アジア各地で実践している方々から(福田充男牧師等)学びました。ハウスチャーチは新約聖書の初代教会のような教会です。
「ふたりまたは3人がわたしの名によって集まるところには、わたしもその中にいるのである。」マタイ18章20節、のみことばが与えられました。ただイエスキリストだけを信じ、この世で真剣に生きようとする者の群れです。マニラ駐在中7年かかりましたがJTJ宣教神学校を何とか卒業しました。JTJを出て牧師の資格があるからとて、牧師に招いてくださる教会は日本にはありません(各教派は独自の神学校を持っていますから)。
大きい教会を造るのではない、小さくてよいのです。むしろ10人以下に保ち、いつでも、どこでも、だれでも出来る、主にある日常の親しい交わりのある教会です。これこそが私が求めていた教会です。もちろん教派や教団はありません、しいて言えば「イエス派」です。
今、このハウスチャーチをクリスチャンの方(特に教会に行っていない方)に勧めているのです。

ITCNに参加して、今少しずつハウスチャーチができつつあります。小さくても空の星のように日本中のあちこちで輝き生きている教会、(現在9箇所がリストアップされている)を作るために、このITCN集会に招かれている事は本当に感謝です。ただこの集会で恵まれるだけが最終目的ではありません。自分の地域に戻って、日常生活を通して(野菜や花を作ったり、パーティーをしたりして)イエスを信じる人々と共に生きることです。このITCN集会に導かれて、今心に平安と喜びで満たされています。
そしてさらにHCの夢を与えて下さった神様に感謝します。

2009年1月 3日

新年

あけましておめでとうございます。

年に一度の家族顔合わせです。
今年は次男夫婦がグリーンカレー(タイのカレー)を作ってくれた。
ココナッツミルクにナス、ピーマン、たけのこ、マッシュルーム、鳥のもも肉、そしてカレースパイスが入ったエキゾチックなスープカレーです。
私たちにとって、シンガポールの生活を思い出させる懐かしい味です。
メインの料理でなくサイド料理だと言っていたが、みんなお代わりして食べるほど美味しかった。正月はおせち料理と言う定番もあるが、こんな料理もまたいいものです。
時代はどんどん変わっています。
新しい年のはじまりに相応しい正月の味わいだった。


「御力を表される主をあがめよ。
力ある御業をたたえて、我らは賛美の歌をうたう。」
           詩篇21編14節

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相模川大橋から仰ぐ初日の出


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今年もよろしくお願いします。元旦


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