バリのキリスト教
バリはヒンズー教の文化がいたるところにあり、バリ人の生活イコールヒンズー教文化の生活です。
日曜日の朝はキリスト教会の礼拝に行きました。(偶然この日はヒンズーの正月、ハリラヤでもありました)一度バリのキリスト教会の礼拝を見たいと思っていたのでとても良い機会だった。教会堂にもヒンズー教の文化(バリ人の生活文化)が用いられている。(教会堂の建築様式、入り口の水盤の花、祭壇の飾り等)
福音の本質と文化を良い意味で区別し使っている。
キリストの福音の本質は十字架と復活です、福音を伝える手段としてその土地の生活文化を用いるのは違和感を抱かせない(日本で言うバター臭くない)ために大切です。バリ人のキリスト教がその土地の人々の文化に溶け込んでいるのは素晴らしい。
わたし達日本のクリスチャンも、生活に密着したクリスチャン生活(日曜日だけのクリスチャンではなく)が出来るようになったらいいなー。
「ユダヤ人にはユダヤ人のようになりました。」
(コリント人への手紙第1,9章20節) とパウロは言っています。
聖餐式のテーブルの両側にある傘はヒンズー教で使われている物で、恵が雨のように降ってくるという意味だそうです
礼拝のはじめに子供達への短いお話があった
聖餐式はプレドモアー牧師と係りの人がパンとぶどう液を持っている、そして受けるひとりひとりに「キリストの裂かれた肉(パン)です、流された血(ぶどう液)です」と言っている
ギター、ドラム、キーボードを使って、新しい歌をたくさん歌っている
そして何回も繰り返し歌う
この子達は孤児です
オランダから来た2人の娘さんたちが面倒を看ている
