12月12日(水)、御茶ノ水のホテルじゅらくの2F「レストラン地中海」で毎週水曜日、昼食後行っている「聖書を読むかい」の今年最後の会がもたれました。
過去1ヶ月くらいかけて読んできた旧約聖書の「コヘレトの言葉」の最終章、第12章を読んで終わりました。
コヘレトの言葉は、ダビデの子ソロモンの言葉と考えられています。ソロモンはこの地上では権力はもとより最も知力、財力に富んだ王でした。そんなソロモンが現代の私達に語る言葉はとても示唆に富むものです。
冒頭から「空の空」(新改訳聖書)と言っている。全体を貫く考えは「空の空」でどんなに大事業をしても、知識を得てもすべて、もし神を信じていなければ空しいといっている。
仏教の「般若心経」においても「色即是空」で、いろかたち有るものは、空であると、仏教もキリスト教も同じように「空」を説いている。
牧師が読みとく「般若心経の謎」大和昌平著に仏教とキリスト教の「空」の違いを説明している。
”般若心経はどこまでも心を指向している。心のうちに空なるものを見ぬくのです。空なる真理をつかんで、囚われなく生きていくのですと。
これに対して、イエスはどこまでも天の父を指向しています(空の鳥をみよ、野の花を見よ)。私が生きることを喜び、祝福しようとされている天の父を仰ぎ、大きく委ねて生きようと言います。”
また、こうも言っています。
”般若心経の仏教はすべて相対的なものであって、絶対的なものはない。
これに対し、キリスト教は絶対的な創造主がすべてをあらしめた。絶対的な神の前で、人間は相対的であることを知り、自ら空なることを覚えるのです。”
「すべてに耳を傾けて得た結論。
『神を畏れ、その戒めを守れ。』これこそ、人間のすべて。」
コヘレトの言葉2章13節

初冬の落日、相模川の向こうに


栄華を窮めたソロモンでさえ、このような花の一つほどにも着飾ってはいませんでした。