天の故郷にあこがれて
今日は暖かい春のような日だった。
昨年の2月に亡くなった父の墓に、花と線香を供えてきた。
私のお墓の前で泣かないでください
そこに私はいません 眠ってなんかいません
千の風に 千の風になって
あの大きな空を吹きわたっています
秋には光になって畑にふりそそぐ
冬にはダイヤのようにきらめく雪になる
朝は鳥になってあなたを目覚めさせる
夜は星になってあなたを見守る
私のお墓の前で泣かないでください
そこに私はいません 死んでなんかいません
千の風に 千の風になって
あの大きな空を吹きわたっています
「千の風になって」より
私たち復活を信じるクリスチャンにとって、墓は最終的なすみかではありません。しかし墓は死者の安らかな「眠り」を願う畏敬の念の表れであり、先祖との一体性を確認するためのものです。これらの思いを尊重し墓を大切にするのです。
「私たちの国籍は天にあります。」
ピリピ人への手紙3章20節
春の日に満開の梅
墓地の梅は終わりに近かった
でも、最後の香りをはなつ美しさかな
