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2006年1月31日

「聖書を読むかい」

2006年2月1日(水) 11;30-14:00ごろまで
御茶ノ水、ホテルじゅらくの2Fレストラン「地中海」にて
みなさん歓迎します。

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 レストラン「地中海」の窓辺

マタイによる福音書 8章 (今日読む箇所)      

 み言葉の力

 イエスが山から降りてから、たくさんの奇跡をなさった。
1-17節に、①らい病人の癒し、②百人隊長の僕の癒し、③ペテロの姑の癒しが記録されている。
例えば②、百人隊長はローマ軍の軍人であり、100人の兵士を指揮する隊長であった。当然彼はローマ人または異邦人でした、旧約聖書では異邦人は「焚き火にくべる薪」と考えられていたように神の祝福を受けるには遠い存在でした。
しかし、イエスがいっているように、彼はユダヤ人にまさる信仰を持っていた。10節「まことに告げます。わたしはイスラエルのうちの誰にも、このような信仰を見たことがありません。」
それは、7節「いって直して上げましょう。」というイエスの言葉に対して、8節「ただ、お言葉をください。そうすれば、私の僕は直りますから。」にあるように、
彼は軍人として、権威あるものの言葉には力があり言葉(命令)の通りになることを知っていた。
イエスのメシヤとしての絶対的権威を認めて信じたのである。
  
 へブル人への手紙4章12節「神の言葉は生きていて、力がある。」

①らい病人が癒される箇所です、癒された人に、4節「気をつけて、誰にも話さないようにしなさい。」と言われた。
なぜでしょう?

 イエスの奇跡は、イエスがメシアであり、神の権威を持っていること具体的に示すために行われたものです。イエスを信じれば御利益があると思う人がいるかもしれません、しかし、御利益として行われた奇跡ではありません。
あえて言うならば、イエスを信じることは御利益以上(永遠の命)のご利益をいただくのです。
 あなたの信じたとおりになるように。

2006年1月30日

再開

 1月26日横浜で中学生の時の同窓生と再会した。

 一人は、アルジェ、インドネシヤに通算15年建設工事で単身赴任していたYY君58歳で退職、現在語学の自己啓発中。

 もう一人は、中南米、東南アジア、中東に約20年間N電話会社から派遣され通信システムの技術提供をしてきた、KM君悠々自適の生活。
半世紀振りの再会だった。

 両者ともまだまだ何かできそう、それぞれ模索中で今度会う時は一歩進めて何かしたいという思いがある。

 我々の年代は時間のゆとりができたから、これからは旧友との再会が増えるでしょう。楽しみだ。

2006年1月28日

おめでとう!

 潤、誕生日おめでとう!
 シンガポールで生まれて、29年間守られてきたことを、主に心から感謝します。
 
 現地の幼稚園に入って、英語が解らなくて日本語をしゃべると「Don't speak Japanese. お口にチャック」と言われて、毎日元気なく帰ってきたことを覚えている。
日本人の友達のいる幼稚園に移り、本当に元気になってほっとしたものでした。
今は少しは英語ができるようになったようで、よかったね。
またこの一年も、主の祝福が豊かにあるように。

「愛する者よ。あなたが、魂に幸いを得ているようにすべての点でも幸いを得、また健康であるように祈る。」
      ヨハネの手紙 第3,2節

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いつもお口にチャック!(女の子ではありません)

2006年1月27日

人は見た目が9割ー2

「人は見た目が9割」竹内一郎著に‘外見は人格までも変える’ とある。
 一人の役者に医師の役を割り当てると、普段着で練習の時はそうではないが、白衣を着せると途端に医師に見えてくる。

 確かにそうだと思う、クリスチャンは罪赦され、神の子、天の莫大な富を受け継ぐ王の子、すなわち王子とされたものである。このことを心に深くとめよう。そうすれば「キングスキッド」にふさわしい振る舞い、生活となっていくものです。

「ハレルヤ、
 全能者であり、
  わたしたちの神であられる主が王となられた。
わたしたちは喜び、大いに喜び、
  神の栄光をたたえよう。
小羊の婚礼の日が来て、
 花嫁は用意を整えた。
  花嫁は、輝く清い麻の衣を着せられた。
この麻の衣とは、
   聖なる者たちの正しい行いである。」
              ヨハネの黙示録19章6-8節
 
キリストは花婿、わたしたちは花嫁です。

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花嫁のブーケ

2006年1月25日

会社とは

会社とは、英語でCompanyです。これはラテン語のCUM PANISから来ていて、
その意味は ‘Breaking Bread Together’ということです。『パンを共に裂き』のことです。
会社はこの「使途の働き」の2章の様に信仰者が一緒に働き、生活する事を意味し、それが又教会でもあったのです。
一般に、クリスチャンが金儲けをするなど、とんでもないことと言う考えがあるようです。
しかし、クリスチャンは全てにおいて主から祝福されているものです。
お金が儲かっていいのです。大いに儲け、正しく使いましょう。

イギリスのプロテスタントであるクエーカー教徒は200年くらい前、20,000人くらいの集団でした。銀行、保険、菓子、鉄道、鉄鋼、薬品、靴、繊維等の分野において多くの企業を起こしました。ロイド、バークレイ、キャドベリー、クラークスなどが卓越した企業になりました。今でも活躍しています。聖書の中の、
1、 正直
2、 相互の透明性
3、 教育
4、 贅沢の抑制
忠実に実行し、商売をおこなって、主の栄光をあらわしている。
血による家族でなく信仰によって一つとなった家族で、祝された神の企業であり、社会を形成しています。

人は見た目が9割?

 「人は見た目が9割」竹内一郎著、これは最近のベストセラーです。著者はマンガ原作を仕事とし、また、舞台の演出や俳優教育をやっている。
 著書によると、心理学者、アルバート・マレービアン博士が、人が他人から情報を受け取るのは、すなわち情報伝達力は
 「①ことばでは7%
 ②声の質、大きさ、テンポは、38%
 ③顔の表情は、55%」と報告している。
 
 視覚によるものが大きな影響を与えるようです。
“百聞は一見にしかず”のことわざ通り。

 身だしなみ、礼儀はやはり大切のようです。熟年の私も、たまには床屋に行こう。でもやはり、大切な1割は見た目でない中身によるようなきがする。

 「あでやかさは欺き、美しさは空しい。
   主を畏れる女こそ、たたえられる。」
            箴言1章30節
旧約聖書のことば(ソロモンの箴言)は数千年前に書かれたものだが、現代においても真実である。

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「なぜ美人ばかりが得をするのか」 本当かですか?

2006年1月23日

神の祝福を

人生で一番大切なものは、神の祝福です。
多くの人が、年末年始にかけて神社や寺を訪れ祝福を願う。
しかし、本気で願っているようには思えない。100円や500円コインのお賽銭で本当に得られると思っているのだろうか?
 
 人はみんな幸福を得るために途方もない努力をしている。しかし人の能力にはそれほど大きな差はない、むしろチャンスが来るか、来たチャンスをつかむことができるかが問題なのです。
人がどんな状態であろうとも神の祝福があるなら、幸せです。

アダムとエバが「エデンの園」で神の支配の下に置かれていたときに真の幸福があったではないか。
本気で、神の祝福をまず第一に求めよう。

「神の国とその義とをまず第一に求めなさい。そうすれば、それに加えて、これらのものはすべて与えられます。」
  マタイの福音書6章33節

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残雪の中で遊ぶ子供たちと、


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寒さの中で香る蝋梅かな

2006年1月22日

雪だ!

 雪を見ると、いつも思い出すことば、

「たとい、あなたの罪が緋のように赤くても、雪のように白くなる。」
    イザヤ書1章8節

 イエスの愛は、どんな罪人をも救いに導くことができる。


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2006年1月20日

逆転満塁ホームラン

逆転満塁ホームラン、これがクリスチャンライフです。
 
汝の敵を愛せよ。
心の貧しいものは幸いである。
何事も思い悩むな。
右の頬を打たれたら、左の頬も出しなさい。
等々、現実から遠く離れた願望のように思われているが、キリストとが成してくれること。

ディケンズのクリスマスキャロルは毎年どこかで公演される。
人々は、けちなスクルージが回心するところを何度でも見たいのです。またジャイアンツのファンであるお爺ちゃんは、長島の逆転満塁ホームランのビデオを何回、何回もも見て喜んでいる。

キリストはそれ、逆転満塁ホームランができる世界で唯一のお方です。まったく値しない者に(死に値する)、最高の恵み(生きるということ)を与えるお方です。
キリストと共に歩く人生はすごい!

「不幸だ、不幸だ、大いなる都、強大な都バビロン、お前は、ひとときの間に裁かれた。」
     ヨハネの黙示録18章10節
必ず悪が裁かれる時が来る、それがもう近い、期待して待ちましょう。

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銀座4丁目の交差点の午後

2006年1月18日

ヒルズの栄華

 <大>毎週水曜日は御茶ノ水で「聖書を読むかい」をもって、数人で聖書を読んでる。今日はマタイによる福音書<の4章を読んだ。
イエスが霊によって、荒野に導かれてでサタンの誘惑を受けている箇所です。最後のサタンの誘惑は、イエスにこの世のすべての栄華を見せて、「もしひれ伏して私を(サタン)拝むなら、これを全部あなたに差し上げましょう。」と言ったということです。
イエスは、「ただ主にだけ仕えよ。」と聖書(申命記6章13節)に書いてあると言って、即座にサタンを退けた。

 今日の朝日新聞、「天声人語」にライブドアが東京地検の強制捜査を受けたことに関連して、堀江社長が六本木ヒルズに入居したコメントが書いてあった。「この絶景を毎日みられることを想像してみてほしい。地上をこの手で握り締めたような気になる。
そして、ふつふつと熱いものがこみ上げてくる。」
  
 若いビジネスマンががんばっているのを、影ながら応援していたのだが、イエスのようにサタンの誘惑を退けるのは何と難しいことか。
東京証券取引所の業務が全面ストップとなる大事件となってしまった。世界のビジネスに激震を与えることとなった。

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銀座の有楽町交番前のソニービルのショー・ウインドウ
40年近く前、同僚のTSさんが工事担当として現場施工をしたビルで今も健在なり

2006年1月17日

もったいない

<大>一昨年、ノーベル平和賞を受賞した、ケニヤのワンガリ・マータイさんの著「モッタイナイで地球は緑になる」から来たことばです。
 物を大事にし、木を植えて地球に緑を増やそうという訴えです。
私も、最近物をできるだけ修理して、再生して、丁寧に使うことに心がけている。
  
 先日も「シェーバーの切れが悪くなった」と、独り言を言っていたら、すぐ「そんなに高くないんだから、新しいのを買ったら」との声があちこちから聞こえた。シェーバーの刃は2年が限度だそうです。もう3年以上使っていたので、電気屋にシェーバーを見に行ったら、たまたまスペアの刃があったので買って取り替えたらとても切れるようになった。息子が初月給で買ってくれた物で、その時もうれしかったが、お払い箱になる寸前だったのが生き返ったことは、また格別うれしい。
 
 そんなわけで最近、修理に凝っている。先日も自転車の後ろのタイヤを一本替えた。しばらくこの楽しみを続けたい。
さて次は何を?

「父親は言った、『この息子は、死んでいたのが生き返り、いなくなっていたのが見つかったのだから。』 そして彼らは祝宴を始めた。」 
    ルカによる福音書15章24節
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冬空にそびえ立つ御茶ノ水のニコライ堂

2006年1月12日

サービス業

<大> 教会の友達YTさんが、血管拡張の手術のため伊勢原のある大学病院に入院したのでお見舞いに行った。この病院が初めてオープンしたのは35年前ぐらいでしたが、当時、ちょっとした話題となった。
 当時日本の病院は薄暗くて、健康な人でも病気になりそうなところが多かった。ところがここは、エントランス・ロビーがホテルのように吹き抜け天井で、明るくゆったりしていて、ソファーや待合の椅子もデラックスでした。職業柄参考に見学に行ったことがあった。
 病院は「サービス業である」というコンセプトに徹していたようだ。
当時は画期的であった、今もその思想が行き届いているようで、今年オープンした新館の設計もさることながら、看護士さんたちも親切であった。
よい環境の中で、YTさんの手術が成功裏に終わるよう祈る。

「疲れた者、重荷を負う者は、だれでもわたしのもとに来なさい。休ませてあげよう。」
     マタイによる福音書11章28節
イエスはプロのサービスマンであっただけでなく、カウンセラーであり、癒し主(医者)なのだ!
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今年1月5日にオープンしたばかりの新館病棟

2006年1月11日

いい言葉

「 いい言葉は、いい人生をつくる。」

最近出版された精神科医で執筆家である、斉藤茂太さんの本のタイトルです。
極めて同感です。

いい言葉とは美しい日本語を使うということも大切だが、ポジティブな言葉を使うということも含む。

「どうせ」という言葉を、「もしかしたら?」に変えてごらん。
クレームこそ「ありがとう」を言おう。
等々

また、口から出る言葉は人に大きな影響を与えたり、時には人を傷つけたりすることがある。
だから、言葉を発する前に、
   Is it true?
   Is it necessary?
   Is it kind?  
と、心で言ってみて、すべてOKなら口にすることが大切。

「口に入るものはみな、腹に入り、かわやに捨てられることを知らないのですか。しかし、口から出るものは、心から出てきます。それは人を汚します。」
   マタイによる福音書15章18節

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神田駿河台の明治大学、リバティータワー

2006年1月 6日

恐れるな!

正月、久しぶりに息子たちと話す時があった。
彼らは私たち親が寝たきりになったり、認知症になったりしないよう普段からトレーニングしたり、気をつけたりするようアドバイスをくれた。親を介護することが彼らにどんなに大きな負担になるかを考えての予防線です。確かに、親の介護は多くのもの(時間、労力、金銭、仕事等)を犠牲にすることは確かだ。しかし、考えようによっては現代社会の大きなマイナスは親子、親戚、隣近所が疎遠になっていることです。大きな目で見て、少し大げさに言うとこれらの回復が必要です。

 “わたしたちの弱さと老いは、人々を周りに呼び寄せ、支援するようにと招きます。喜んで他者に世話になることによって、わたしたちはコミュニティーを生み出し、世話をしてくれる人に、彼らの思いやり、世話、愛、奉仕の賜物を提供する機会を設けるのです。” ヘンリー・ナーウエン著 「我がホームへの道」

 私も最近、このことが大切と思うようになった。息子たちが解るにはまだ数十年かかるでしょうが。とにかく、「恐れるな!」

「愛には恐れがありません。
    全き愛は恐れを締め出します。」
           ヨハネ第1の手紙4章18節

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御茶ノ水、聖橋の下、朝の神田川をのぼる船

2006年1月 5日

待つ時がある

<大> ペテロはイエスに言った。「主よ。なぜ今あなたについて行くことができないのですか?」
         ヨハネによる福音者13章37節
 
 忙しい世となり、最近待つということができなくなった。時間があるとすぐそこに予定を入れてしまう。

 “自分のしたいことをなぜ今してはいけないのか悩む時がある。実は、神が待つ時を設けてる、反応しない時にはただ待つことである。働きの意味を教えるためのものであるかもしれない、神の導きに先行してはならない。神の導きを早合点してもいけない、それを正すのに長い時を費やすだろう。神のときを待て。” 
    オズワルド・チェンバーズ

 一昨年、ムスカリは年末には葉がいっぱい出てしまって、春には花が葉に埋まってた。今年は今やっと葉がはづかしそうに少し出てきた、きっとたくさんの花をつけるでしょう、成功。

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じっくり時を待って葉を出すと、こんなふうに咲くでしょう

2006年1月 4日

団塊世代の

<大>「団塊世代の定年退職者」が2007年には大量に現れる。

 「ゴジラ現る!」のように、この人たちの造り出す新しい時代が今注目されている。なぜなら今までの戦後復興の日本社会を作り上げてきたから。しかし、彼らは本当に期待を裏切らない新しい時代を造る事ができるか?いや入って行けるのか?
40年近く職業という型にはめられた人たちが、自由を上手く使いこなせるのか?
ポール・トウルニエは著「人生を変えるもの」で “人々の人生に意味を与える社会はよい社会、***良きものは与えられるもので、つくり出すものではないということはお分かりでしょう?道端で摘む一輪の雛菊でさえも”と。
<太>人生の意味を見出すことが大切と言っている。

アン・リンドバーグ著「海からの贈り物」は子育てを終えたリンドバーグ夫人(大西洋横断飛行に初成功したリンドバーグ大佐の夫人)が一人海辺の別荘で、数週間海の生活をするのです。

 団塊の世代はどうしても見つけたり、静かに考えるより造りだしたり、忙しくするのが好きのようだが。

イエスは彼女に言われた。「もしあなたが信じるなら、あなたは神の栄光を見る、とわたしは言ったではありませんか。」
   ヨハネによる福音書11章40節

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2006年1月 3日

夢を見れるか?

<大>元旦は新年の挨拶、2日は恒例の墓参りと忙しい年始であったが、やっとゆっくりした正月のゆとりができてきた。
息子が学生時代の同窓会から帰って、「みんな夢がなくなっていた」と嘆いていた。
今は、若者が夢を見れない社会になったのだろうか?

 旧約聖書のヨセフは少年時代不思議な夢を見た。そして後に兄弟たちによって奴隷商人に売られたが、イスラエルに飢饉があったとき、エジプトで総理大臣になっていたヨセフの元に彼らは食料を買いに来たのだった。夢が現実となった。
 
 ルーサー・キング牧師は「私には夢がある。それは、ジョージヤ州の赤土の丘の上で、かつての奴隷の子孫とかつての奴隷主の子孫が、ともに兄弟愛のテーブルについて食事することだ。」といって、黒人の公民権運動を先導した。ノーベル平和賞を授与されたが、39歳で銃弾に倒れ命を落とした。

新年にあなたはどんな夢を見るだろうか?

「その後、わたしは、わたしの霊をすべての人に注ぐ。
あなた方の息子や娘は預言し、年寄りは夢を見、若者は幻を見る。」
      ヨエル書4章28節

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正月の夕焼け空

2006年1月 1日

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プロフィール

wataru.jpgメッセージ
20代半ばに、「たとえ全世界を賭けても、命を失ったら何の得になろうか」という聖書のことばに出会い、命の尊さを知りました。

一人でも多くの人に命のすばらしさ、特に「永遠の命」を知ってもらいたい。又、親元を離れている息子たちにこの大切な何かを伝えたいという思いから筆をとり、ブログを更新しています。

これまでの経歴
建築設備会社に勤務し、10年間日本で勤務した後、シンガポール、香港、マニラに通算約30年間駐在し、主に半導体やメディカル関連工場のクリーンルーム建設に従事。

2001年にJTJ宣教神学院の牧師課程を終了。
2003年に定年退職後、2004年にバイブル・ミニストリー社を設立し「神の言葉」である聖書を、たくさんの方に読んでもらえるようお手伝いしている。

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