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2005年12月30日

大晦日

 だれもが一年の最後は平穏で、豊かな時を過ごしたいと思う。
一年を振り返ると、いろいろなことがあっが、特に、年の瀬になって起きた事件でマンション強度偽装事件、北陸の特急列車の転覆等々は記憶に新しい。
一年を終わるにあったって、このような事件の当事者たちはどんなにやりきれない思いだろうか。
そこに何らかの希望があればいいのだが。
 
 年の暮れだけではなく、その積み重ねである人生の晩年もまったく同じです。晩節を汚すことなく、みんなに愛され、希望(天国に凱旋する)をもって最後を終わりたい。

「あなたの若い日に、あなたの創造者を覚えよ。また『何の喜びもない。』と言う年月が近づく前に。」
         伝道者の書12章1節

 たとえどんな事があっても、私たちを受け止めて下さるお方がおられることを知ってほしい。

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きのうの風が希望(明日)の風に変わっていく
相模川べり三川公園の風車

2005年12月28日

12月26日以降

日本人の感覚からすると25日のクリスマスが終わると、正月に向かって一段と忙しい日々となる。しかし聖書の世界では、1月6日までローソクを灯してキリストの誕生の事実、意義をかみ締める時です。
 私たちの主が、外側から人間の歴史の中に入ってこられ、彼は私たちの内に入ってこられるのです。

「わたしの子供たちよ。あなた方のうちにキリストが形造られるまで、私は再び産みの苦しみをしています。」
  パウロのガラテヤ人への手紙4章9節

「グローリア・イン・エクセルシス・デオ」(いと高きところには、神に栄光あれ!)と言う叫びが響く。

そして、マタイによる福音書2章を読み、東の国から来た博士たちが帰るのを見届けます。

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ヒマラヤ杉にキラキラと輝く露、光が来た!

一年を振り返って

 世間はあわただしく動いているが、わたしは今、一年を静かに振り返っている。そしてい一年の反省をベースに新年の計画を立てるのです。
 
 今年の私の聖句は「信仰によってアブラハムは行き先を知らずに、出発したのです。」でした。
 暗中模索の中、主からの声を聴き、従っていこうという姿勢でした。結果はかならづしも十分なものではありませんでしたが、多くの祈りの時を与えられことは恵みでした。特に新しい教会に喜びを持って通えるようになったことは何よりの感謝です。
 また「聖書を読むかい」がほぼ毎週続けられ、TSさんは定年退職し郷里(群馬)に帰りましたが、KYさんが新しく加えられたことも感謝です。それぞれの今後の歩みの上に主の祝福がありますように。

 新しい年の目標については、しばらく静かに主に祈り求めていきたい。
「人の心には多くの計画がある。
       しかし主のはかりごとだけが成る。」
               箴言19章21節
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この道を行こう、散歩道は

2005年12月24日

賛美歌を歌おう

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マンハッタン、ロックフェラーセンターのクリスマスツリー,すべての人の喜びを輝かせている

 クリスマスに無くてはならないものは、舌で味わうケーキ、目に見えるクリスマスツリーと、耳で聞くクリスマスキャロル(賛美歌)です。
 
賛美歌112番 
 諸人こぞりて、むかえまつれ
 久しく待ちにし 主は来ませり
 主は来ませり 主は、主は来ませり

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ヨーロッパの町の飾り、賛美歌が流れている

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我が教会のイブ礼拝のしおり、Christ is born!
主、キリストが生まれた!心からの賛美をささげる
 

2005年12月21日

天皇家もキリスト教徒だった?

天皇の祖先である聖徳太子がキリスト教徒であった可能性が高い。

“聖徳太子は、厩戸皇子」と呼ばれていた。 
馬小屋で生まれたとされる聖人は、世界を見渡しても、イエスと聖徳太子の2人しかいないのです。
 聖徳太子はまた、「大工の祖」と仰がれている。イエスといえば、その本職は大工でした。このように、聖徳太子にまつわる後世の伝説は、もともとキリスト教だったものが数多く取り込まれているのです。”
ケン・ジョゼフ著「失われたアイデンティティー」より

実は、多くの人が天皇家がクリスチャンになるよう祈っています。
クリスチャンになったらすばらしい事です。

「ユダヤ人の王としてお生まれになった方は、どこにおられますか。わたしたちは当方でその方の星を見たので、拝みに来たのです。」
        マタイによる福音書2章2節


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英国のストーンヘッジ、BC2000年、歴史の真実を物語る遺跡

2005年12月20日

天国にいけない?

兄の孫で6歳の翔くんを買い物に連れて行った。翔くんはなかなか聡明で可愛い。わたしにはまだ孫がいないけれど将来自分の孫と遊ぶ予行演習のようなものだ。
おもちゃを買った帰り道の会話、
 
おじちゃん、僕が死んだらナオちゃん(1才の妹)は何歳?
   翔くんは何歳で死ぬんだ?
 100歳、150歳、いや105歳だ。
   そんなら、ナオちゃんは100歳だよ。
   翔くんは死んだらどこへ行くんだ?
 僕は天国に行く、いや僕はうそをついたから天国には行けな い。
   イエス様を信じれば天国にいけるよ。そのイエス様の誕生日がクリスマスなんだよ。
   おじちゃんの子供たちはみんなイエス様を信じてるから天国へ行くんだよ。
   翔くんもイエス様を信じな。天国へいけるから。
 おじちゃん、地獄ってどんなところ?
   火が燃えていて、暑くて、怖いとこだよ。
 ふーん、そうか。

 たった6歳、来年1年生になる子がすでに罪の意識を感じ、その結果天国にいけないと理解している。どこでそのようなことを学んだのか?

 旧約聖書の十戒に「第5、父母を敬いなさい。第6、殺してはいけない。第9、偽証してはならない。」とある。
これらには条件、理屈はありません、神の命令です。
なんと、現代社会はそれを曲げて、理屈をつけてついに破っているのです。

「神の、目に見えない本性、すなわち神の永遠の力と神性は、世界の創造された時からこのかた、被造物によって知られ、はっきりと認められるのであって、彼らに弁解の余地はないのです。」
   ローマ人への手紙1章20節


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こんな小さな子でも罪の大きさを知っている。純真な子供たちが罪の束縛から解放されてほしい。それには永遠の命を得ることです。このこのためにクリスマス(キリストが生まれてくださった)があるのです。

2005年12月15日

誤解を解くため

三位一体とは聖書で、父なる神、子なるイエスキリストの神、聖霊の神が一つであるということです。最近、政治の世界でも頻繁に使われている言葉であるが、税制改革(国庫支出減、税源の地方委譲、地方交付税の見直し)のために3項目を一括して行うことに使っている、少々使い方が違うように思うが。
 
 また、世界中の老若男女が十字架をかっこよいアクセサリーとして身に着けている、十字架は処刑に使う最もむごい方法であることを知らないで使っている。本当の意味を知ってあえて使っているならば素晴らしいことです。

 クリスマスもまた、誤解されている部分が多いようだ。「どのように過ごすか?」とのアンケートによると、恋人と過ごす、ケーキを食べて過ごす、家族団らん等が多数を占めている。

 本質を知る、本物を身につけるということが大切です。脅かすわけではないが尾山令仁牧師によると、「偽金を持っていることも罪だが、使うともっと大きな罪となる。」

 このクリスマスシーズンを通して聖書の世界に関する誤解を解いていくことが少しでもできれば幸いです。

「あなた方は真理を知り、真理はあなた方を自由にします。」
          ヨハネによる福音書8章32節
 国立国会図書館の受付の梁に刻まれていることば


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クリスマスの幸せを造る人は大忙し

2005年12月13日

びっくりしたこと

 マニラに駐在してはじめての年、町のクリスマスの飾り付けが9月の終わりごろから始まったのにはとてもびっくりした。キリスト教国でもあるし、一年中暑い国である、そしてたくさんの人が遠い海外に出稼ぎに行って一年に一度休暇で一ヶ月とか二ヶ月帰って来てお祝いする時というのが理解できるようになってから、やっとそれが当たり前のように思えるようになった。

 日本に帰って、多くのクリスチャンや牧師もクリスマスカードより年賀状で新年の挨拶をする、この当然のことにまたびっくりしている現在です。
早く慣れて、全てを感謝できるように。

「なぜなら、神の国は飲み食いのことではなく、義と平和と聖霊による喜びだからです。」
    ローマ人への手紙14章17節
福音の本質に影響ないことには寛容に!

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店頭に並んだ、ゴールドクレストとヒマラヤトキワサンザシ(ピラカンサス)で
クリスマスカラーを演出

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我が家のフラワーテラス、べコニヤとビオラ

2005年12月 6日

木枯らし吹いて

  今日は空が青く、光っている。風は冷たく山は雪のようだ。
 
 12月の季語は師走、普段走らない人(あわてない人)も走る時である。
最近、巷では「士が走っている」と言われている。 代議士、弁護士(西村)、建築士(姉歯)が走って塀の中に消えていく。

 私もかつては、よく走った(危ない時があった)が何とか主の導きにより、道をはずさないでこれたことは感謝です。
年の瀬になって、走らなくていいようにしたいものだ。
まして、人生の晩年になって走らなくていいようにしよう。

「すべての世にあるもの、すなわち、肉の欲、目の欲、暮らし向きの自慢などは、御父から出たものではなく、この世から出たものだからです」
     ヨハネ第1の手紙2章16節

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冷たい風に、中学校の校庭のイチョウの木も葉が落ちた

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柿の葉は落ちて実が残る****、
  聖書に「草は枯れ、花がしぼむ、しかし主の言葉(真理)は残る」とある

2005年12月 5日

クリスマス・トリップ

この時期は、世界中でたくさんの人が旅をする時期です。
日本でもこの年末年始に休暇をとって海外に旅に出る人が結構いる。
 
 私が7年過ごしたマニラ、そこの空港ではこの時期、土産をいっぱい持った海外出稼ぎ者の帰国でにぎわう。男女合わせて500万人が海外で働いているという。一年に一度世界中から家族、親族が集まって家族の
団欒 (リユニオン)をする時。イエスさまの誕生日のために持つことができる本当に楽しく、待ち遠しい時だ。

実は、我が家も三男が学びを終えて帰国する、楽しみだ。

 聖書の時代に、この時期イエスの両親も旅をしていたのです。
「ヨセフもガリラヤの町ナザレから、ユダヤのベツレヘムというダビデの町へ上って行った。彼は、ダビデの家系であり血筋でもあったので、身重になっているいいなずけの妻マリヤもいっしょに登録するためであった。」
                  ルカによる福音書2章4節

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イエス様の時代のらくだの旅、楽じゃなかったが、

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現代の旅は楽になったものだ

2005年12月 2日

クリスマスの思い出

物心ついて、(社会人になって)クリスマスを迎えたとき「クリスマスの想いは、空しいもの」というのが感想だった。
 
 確かに、みんなが町をきれいに飾り付け、家庭にクリスマスのデコレーションケーキを持ち帰りお祝いして楽しそうにしている。しかし肝心の誰のためのお祝いなのか、もちろんキリストの誕生日だが、キリストを良く知らないで心からのお祝いなんてできない。わたしはこのお祝いには部外者であるという感覚。だから華やかな割には空しいものが残った。
 
 クリスチャンになってからは本当に心からクリスマスを祝うことができる。クリスマスキャロル、町の飾り、ケーキの味、クリスマスカード、プレゼントの一つ一つが自分と深く関係があるものだ。

 今は、もしクリスマスがなかったら、町にはツリーもなく、ライトもなく、キャロルも聞こえず、店におもちゃもなく、人々に夢も希望もない、ただ暗く無味乾燥な年末となっていたことでしょう。そんな年末など想像できない。

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今年は「ユーオーディア クリスマス」のキャロルで心が満たされている

2005年12月 1日

サンタクロースって本当にいるの?

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偕成社出版 『サンタクロースっているんでしょうか?』
中村妙子/訳 より抜粋 

 今から百年ほども前、アメリカの8歳の少女バージニアが新聞社に送った質問 『サンタクロースっているんでしょうか?』
ニューヨーク・サン新聞社の記者がこの質問に暖かい愛情のこもった答えを社説として掲載しました。

 『この世の中に、愛や、人への思いやりや、まごころがあるのと同じように、サンタクロースも確かにいるのです。

あなたにも、わかっているでしょう。ーーー世界にみちあふれている愛やまごころこそ、あなたの毎日の生活をうつくしく、たのしくしているものなのだということを。

もしもサンタクロースがいなかったら、この世の中は、どんなに暗く、さみしいことでしょう!あなたのようなかわいらしい子どものいない世界が、かんがえられないのとおなじように、サンタクロースのいない世界なんて、そうぞうもできません。

 サンタクロースがいなければ、人生のくるしみをやわらげてくれる、子どもらしい信頼も、詩も、ロマンスも、なくなってしまうでしょうし、わたしたち人間のあじわう喜びは、ただ目にみえるもの、手でさわるもの、感じるものだけになってしまうでしょう。

 この世界でいちばんたしかなこと、それは、子どもの目にも、おとなの目にも、見えないものなのですから。』

サンタクロースは子供たち、いや大人にとっても楽しい夢です。

「こういうわけで、いつまでも残るものは信仰と希望と愛です。」
              コリント人への手紙13章13節

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