狭き門
茶の千利休が、信長に茶を点てていた折、
「のう宗易(利休)、茶の湯の第一の心がけを、そちはどう思うておる」
「恐れながら、上には粗相ありとも、下には律儀に信あるべし、と存じまするが」
「何と茶の湯は、キリシタンに似ておるではないか」
「キリシタンにでございますか」
「うむ、キリシタンに似ているわ。なるほど、茶の湯に号令はいらぬわの。だが宗易、戦には、何としても号令は必要じゃ」
(三浦綾子著、「千利休とその妻たち」より抜粋)
茶室という宇宙空間に入るには小さなにじり口(約70cm*60cm)から、この世の一切の重荷(権力、富、地位)を下ろして(武士の刀も)入らねばならない。
イエスは、「***。金持ちが神の国に入るよりも、らくだが針の穴を通るほうがまだ易しい。」****。「人にはできないことも、神にはできる」と言われた。
ルカによる福音書18章25,26節

秋鮎の釣り人も優雅であるが、(相模川)

秋の夕陽に輝くススキはなんと開放感があることか
