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2005年9月30日

稲のある風景

都会に稲のある風景は最高の贅沢である。
天皇陛下は毎年皇居で稲作をしている。最近テレビで六本木ヒルズの屋上での稲刈りや、大手町の銀行の地下室を利用して人工稲作をしているのも紹介された。
稲は日本人の主食であり、稲は心の原風景である。
私達の住む海老名には稲作の田んぼがあちこちに残っている。稲は良い景色のためだけでなくCO2の吸収にも役立っている。
この地の稲が今年も水や日照、気温、害虫その他もろもろの条件に守られて豊作のようだ。感謝、主に感謝です。

「ルツは出かけて行き、刈り入れをする農夫達の後について畑で落穂を拾った。」
ルツ記2章3節
ミレーの「落穂拾い」の画が目に浮かぶようです。

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近代化された稲刈り、豊作でおじさんの顔もほころんでいた。

2005年9月29日

秋だ!今朝は気温18度、カーディガンが欲しい朝です。
  頬に当たる風がさわやか、深呼吸したくなる。
  舌は色づいた柿、ブドウ、なしの味覚を待っている。

「福音を告げ知らせないなら、わたしは不幸なのです。」(パウロのことば)
      コリントの信徒への手紙第1,9章16節

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散歩道の土堤に咲くコスモス

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裏の中学校脇の水路に咲く萩

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萩の横に咲く紫式部

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空高くたわわに実るザクロ

2005年9月27日

星の王子さま

最近、新訳「星の王子さま」が池澤夏樹、倉橋由美子、小島俊明、山崎庸一郎、によって翻訳されており、ちょっとしたブームになっている。昔、私もクリスチャンになる前に読んだ(内藤濯訳)が、あまり意味が分からなかった。ルドルフ・プロット氏の解説にあるように、「作者のサン・テグジュベリは幼少時、母親から聖書をよく読んでもらった。」とあり、クリスチャンになった今読んでとてもよく分かるようになった。

 翻訳の出来、不出来ではないのです、聖書を知っているかどうかです。日本人(聖書を知らない人)には少し意味が分かりずらいでが、西欧のキリスト教国の人々には理解出来るのでしょう。作者はとても深い思いを伝えようとしていたのです。
 
 王子さまはイエス・キりストで、星から地球に来られ死んで(蛇にかまれる)また帰っていきます。その時に地上に喜びの鐘の響きを残していきます。
ヨハネの福音書でイエスさまが去っていく(十字架で死んで天国に帰る)かわりに聖霊さまが来られ、聖霊さまによって人々の心に喜びが満ちあふれるのです。

「わたしの喜びがあなたがたの内にあり、あなたがたの喜びが満たされるためである。」
     ヨハネによる福音書15章11節

この機会にクリスチャンの方は一読をおオススメします。
キーワードは「かんじんなことは目には見えない」です。

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「星の王子さま」、この本の中にいくつの聖句を見出せますか?

2005年9月23日

サムエル記の最終章

今週の「聖書を読むかい」ではサムエル記下の最終章、24章を読んだ。
ダビデはサタンに誘惑されて、人口調査をした。これは、実は戦闘員の把握でダビデの戦力を誇示するものであったのかもしれない。このことは主に対する罪となった。
主は罪の結果として、イスラエルの民のうち7万人を疫病で滅ぼすことになった。
罪を犯したのはダビデであるのに、なぜイスラエルの民が苦しまなければならないのか?

神のご支配の中において、なぜこのような苦しみがあるのか?
なぜか理由は神の奥義であるが、その解決は主の命じた言葉にある。
「主のために祭壇を築きなさい。」
ダビデは祭壇(神殿、教会)にて罪を悔い改め、許しを受け、神を求め、神を賛美した。
「主は祈りにこたえられ、疫病はやんだ。」とある。
サムエル記の終章、ダビデの生涯は祭壇での礼拝で終った。ハレルヤー!

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2005年9月20日

カカシ

偶像の神はカカシ(案山子)みたいなもの。

人間にとってカカシは命ないもの、何の影響力も持たないもの、しかしスズメにとっては怖い、恐るべきもの。
唯一の神(God)にとって偶像の神々(gods)は命なきもの、人に何の影響も与えないのに、人は恐れている。
また偶像は偽札のようなもの、使うと後で問題となる。(尾山令仁師)
本当に恐れるのは生きておられるイエス・キリストの神のみ。

「わたしの愛する人たち、こういうわけですから、偶像礼拝を避けなさい。」
コリント人への手紙第1、10章14節


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カカシは人の目には命なきもの、愛嬌すらある。
だが、スズメにとっては恐ろしい存在。「みかけだおし」と言う意味も。

2005年9月19日

試練とは?

 試練は罪ではありません。人間であるゆえ誰でも会うものです。
試練にあったことがないという人はむしろ恥ずべきことです。
試練は、高い目標の実現に必要な近道に示唆を与える。
試練、それは人生を円熟させるのに不可欠なこと、人類にとって共通の遺産であり誰も通ったことのないものではない。

「あなたがたを襲った試練で、人間として耐えられないようなものはなかったはずです。神は真実です。」
コリントの信徒への手紙第1、10章13節

「いろいろな試練に出会うときは、この上ない喜びと思いなさい。」
ヤコブの手紙1章2節

実に、試練は祝福の入り口です。ハレルーヤ!

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サルスベリ、百日紅、ヒメシャラともいうそうです

2005年9月17日

存在

“歌を忘れたカナリヤは、後ろの山に捨てましょか
いえいえそれはなりませぬ、*********”
西条八十 作詞

たとえ歳をとっても、歩けなくなっても、あなたは大切な人です。
人は何かができる、何かを持っているから偉いのではありません。また他人との比較で生きるのではありません。生きていること、その歳まで生かされただけで立派なのです。ただそこに居られるだけでいいのです。
「大丈夫、あなたも神の愛の中にいるのです。」

「しかし、悪霊があなたがたに服従するからといって、喜んではならない。
むしろ、あなた方の名が天に書き記されていることを喜びなさい。」
ルカによる福音書10章20節

弟子たちが町で行ったことを誇ってイエスに報告したとき、イエスが弟子たちをいさめた言葉です。

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夕陽に舞うコスモス

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中秋の名月、あるだけで価値がある

2005年9月14日

ダビデの汚点

聖書のサムエル記下に、王ダビデが自分の忠実な部下であり、戦士であるウリヤの妻バテシバを奪い、ウリヤを戦闘の激しい最前線に送って戦死させるという記事がある。姦淫と殺人を行ったのである。旧約聖書の中心人物であり、後にキリストを生み出す家系のダビデ、なのになぜ聖書はこのダビデの汚点となる記事を載せているのだろうか?
昔は、中東の地方では、権力者である王は何をしても良かったという風習があったのだろうか?
いや、聖書に一行「ダビデのしたことは主の御心に適わなかった。」サムエル記下11章27節、と記されている。
昔も今も主の目は、主の真実は変わりない。
幾度も罪を重ねて、なおも免れようと考えている私たちに対する教訓なのかもしれない。
先週の「聖書をよむかい」の学びでした。

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座間の谷戸山公園入り口に毎年咲く朝顔
人はその場所、時を忘れても自然は忘れない

2005年9月12日

選挙が終わった

暑く、激い選挙戦が終わった。
候補者の方々ご苦労さまでした!
マニフェストに書いてない約束にも、期待を込めて選んだ。
しかし選んだ側と選ばれた側との思いは必ずしもすべてが一致しているわけではない。
むしろそんなことはありえない。
そんなことから、守られない約束がいつも議論になる。
私たちのこれからのなすべきことは、その部分を良く見張っていくことです。

「鼻で息をする人間を頼りにするな。」
     イザヤ書1章22節
100%人間に頼ることはできない、常に真実な主の御心を求めていこう。


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これで暑い夏も終わりです、カンナの花

2005年9月 9日

生ける水の川

ある牧師が「子供も中高生になるとどうにもならない。」と嘆いていた。
どんなに立派な牧師の子供でも必ずイエスを信じてクリスチャンになるとは限らない。
一人の人が信仰を持つというのは奇跡である。
宣教は人間の力によるのではなく、神の業です。

「誇る者は主を誇れ。」
コリント人への手紙第2,10章27節
大使徒、パウロが発した言葉です。

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川はどんな障害があっても、回り道をするとか、取り除くとかし、そして流れていく。
主イエスの恵みに預かった者から生ける水の川が流れ、地の果てまで恵みをもたらす。
それは神がなさることです。

2005年9月 7日

台風と地球温暖化

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台風一過の後の夕焼け

 大きな台風14号がやっと北海道の北に抜けた。九州、四国、中国地方に大きな傷跡を残していった。また、アメリカでもハリケーン「カトリーナ」がニューオーリンズ周辺を水浸しにして数万人の死者を出している(未確認)ようだ。
何とも言えないほど悲惨な状態だ。
「文明が進歩すれば社会が安全になる」という戦後の安全神話が崩れて久しい。いやその崩れ方が加速され、巨大化しているようだ。
原因の一つは地球温暖化といわれている。
スローライフなどが提案されている。

神は言われた。「我々にかたどり,我々に似せて、人を造ろう。そして、海の魚、空の鳥、家畜、地の獣、地を這うものすべてを支配させよう。」
創世記1章26節
神は人に地のすべてを委ねた。人は英知をもってこれらすべてを大切に管理する責任がある。

2005年9月 3日

横浜港

昨日、映画を見た後久しぶりに(何十年ぶりか)横浜港の山下公園へ行った。
33年前の9月、私たちは横浜国際バプテスト教会で結婚式を挙げたのです。
「なつかしいなー」横浜の港へはよく教会の帰りに、友達みんなで遊びに行ったもんです。
あの時のことを振り返ると、今は結婚生活の第2ステージです。
心新たな思いです。

「死に至るまで忠実であれ。そうすれば、あなたに命の冠を授けよう。」
       ヨハネの黙示録1章19節

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白とブルーが似合う横浜、向こうにピースボートが停泊している


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アメリカの姉妹都市、サンディエゴから送られた水がめの女像と歌集


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赤レンガ倉庫のむこうにベイブリッジが見える

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観光ガイドつき市内観光バス 「あかいくつ」 100円

2005年9月 2日

マザー・テレサの映画を見て

横浜(本牧)にマザー・テレサの映画を見に(2回目)行った。
オリビヤ・ハッセイが演じる、マザー・テレサの口から出る聖書のことば一つ一つが心の琴線に震れ、終始涙があふれた。(こんな映画ははじめて)
常に神なるイエスと語り確信を得て、地上の小さな事、弱い者に対して行うマザー・テレサの思いと行いの上に、神のみ手が働くその現実を見た。

マザー・テレサの生涯の物語であるが、単なる社会福祉の映画でなく、「幻のあるところに人と金は集まる。」ということからも、ビジネスマン(特に起業したい人)、役人、医療従事者、もちろん福祉関係者、クリスチャン必見の映画です。
残念なことは、上映映画館が限られていることです。

テレサが言う、God bless you!(主の祝福あれ!)が印象的な言葉でした。

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飛行機雲が西の空へ、もう秋の香りがする

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