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2005年8月30日

新しいパソコン

以前から旅行用の小型パソコンが欲しいと思っていたら、息子が買ってくれた。早速各種セットアップをしたけれど、どうしても無線LANのインターネット接続ができない。一日目は半徹夜でトライした、二日目も朝から夕方までいろいろやったが未完に終わった。
少々いらいら気味で夕食を済ませた。
妻が「祈ってやったらどうですか?」と言った。
内心、神さまにはコンピューターのことは無理だろうと言う気がしていたが、「主よお願いします」と祈って再挑戦した。
なんと、今まで繋がらなかったのにヤフーの画面がサーッと出てきた。
びっくりした!
「ああー祈りはきかれた。主のみ手が働いてくださった、主に感謝。」
でも「ああ、わたしの信仰もまだまだだなー」と反省した。

「神は言われた。『光あれ。』 こうして光があった。」
創世記1章3節

神にとって出来ないことは何一つありません、無から有を生じさせる神です。
私は神を過小評価していました。

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右側の黒いのが新しい軽量小型で高性能のPC、旅行時に威力を発揮するでしょう

2005年8月29日

常識と信仰

常識と信仰は違う。
マニラのオフィスの女性達は月曜日から金曜日まで毎日異なったデザインの制服を来て家からオフィスに来ていた。ファッション誌からで出てきたような制服もあった。日本なら公私混同といわれるかもしれないが、当地では常識だ。
 常識は場所や時代によって変わるが唯一の神を信じる信仰は環境によって変わることはない。私達の信仰はイエス・キリストを信頼することです。そこでいつも信仰はテストされる。
自分の人生を常識とは違う神に賭けることだから。

「イエスは、『もし信じるなら、神の栄光を見られると言っておいたではないか』と言われた。」
ヨハネによる福音書11章40節

神の栄光を見るなんて素晴らしいではないか!


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隣町、座間のひまわり畑、何だか一斉に見られているみたい

2005年8月26日

処暑に

今は処暑です。(残暑が終わり、暑さが止み、新涼が間近い日)
このころ台風が多くなる。
昨日夜半に大型台風11号が関東に上陸した。
子供の頃、木造のあばら家に住んでいたので、台風の時は一晩中、家を破壊するような風に怯えて眠れないでいたことを思い出した。今はコンクリートのマンションなので安心し、昨日はいつの間にか眠ってしまい、目が覚めたら台風一過の静かな朝でした。
「あーよかった!台風が過ぎ去った。」というのは、TSさん家族が今日から夏休みを利用して、台湾に旅行すると聞いていたので、今朝飛行機が飛びますようにと祈っていた。旅が楽しく、安全に守られますよう!

「わたしは、平安をあなたがたに残し,わたしの平安を与える。わたしはこれを、世が与えるように与えるのではない。心を騒がせるな。」
ヨハネによる福音書14章27節

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台風の強い風にも落とされないで残ったイガ栗

2005年8月22日

貧しい者は幸い

「心の貧しい人々は、幸いである、天の国はその人たちのものである。」
マタイによる福音書5章3節、
これはイエス・キリストの「山上の説教」の冒頭の言葉です。

 もし、私に意志の力、高貴な性格がないということがわかっているなら、
イエスは「幸いな者よ、その貧しさを通して天国に入るからである。」と言う。
善人だから、力があるから天国に入るのではない。

 イエスご自身、誕生から十字架の死に到るまで、徹頭徹尾敗北の人生であった。
しかし、神はその彼を高く引き上げ、もろもろの権威、権力の上におかれたのです。

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窓辺に咲く、ミリオンベル


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暑い夏に涼しさをさそう初雪草,花言葉は「祝福」

2005年8月19日

夏も、もうちょっと

今年、日本の夏は本当に興奮することが多かったように思う。
恒例として、広島、長崎の平和記念式、甲子園の高校野球、お盆の帰省、子供たちの夏休みがあり、その上今年は郵政民営化法案否決、関連して衆議院解散、選挙、スペースシャトルの無事帰還、また台風発生に宮城沖地震等。仕事をしている人達も落ち着いて仕事に専念できないのではと思われる程です。
でも、もう朝晩の風は秋の気配を感じさせるものがある。
次の季節が確実に巡ってくる。

「何事にも時があり、天の下の出来事にはすべて定められた時がある。」
コヘレトの言葉3章1節

暑さで体調を崩した人、心機一転の人、もう一息です。


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はげいとうの夏、もうちょっと


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もう稲の花、豊作の予告か

2005年8月16日

フロクがほしい

「フロクが欲しい。」
「本体を買わないとフロクだけはあげられません。」

 聖書の神が与える祝福は霊的祝福を強調している。霊は永遠に続くからです。
物的祝福(肉体の健康や経済の繁栄)は一時的なものです。
でも、イエス・キリストなる神は、霊的祝福を得れば物的祝福も付録として与えるとおっしゃった。

「何よりもまず、神の国と神の義を求めなさい。そうすれば、それらのものはみな加えて与えられる。」 
マタイによる福音書6章33節

フロクだけを与えるのは新興宗教です。


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どこの道端にも咲いているオシロイバナ

2005年8月15日

終戦記念日に

「二度とこのような悲惨な戦争をしてはいけない。」
戦後60年たった今も、この日の合言葉です。

「だれかがあなたの右の頬を打つなら、左の頬をも向けなさい。」
   マタイによる福音書5章39節、イエスのことばです。

このことについて、ある時教会学校で話し合った時の発言、
 「いてえだろーな!」 小6の男の子
 「そんなだらしない男は嫌い。」 女子大生
 「さすがイエスさまは慈悲深い、」 お母さん
意見はいろいろ。
     続く、5章44節で、
「敵を愛し、自分を迫害するもののために祈りなさい。」
と言っています。
貴重な代価を払ってでも「平和」をつくり出すためでしょう。


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わが団地の庭のヒマラヤスギに造った巣で生まれた鳩のひな2羽
「新しい平和の象徴」 と考える

2005年8月13日

まさかの事

郵政民営化法案が、参議院で法案が否決された。そして「衆議院を解散する。」となった。
「自由に意思を表示したい。」 たとえ、上司の命令でも’NOはNO,YESはYES’と言いたい。言論の自由を行使した衆議院議員(法案に反対した)は、公認を剥奪されるといういじめを受けている。それだけでなく、今回の衆議院選挙で選挙区に刺客(対立候補)を送り込まれ、抹殺されそうな事態になっている。


新渡戸稲造著「武士道」に、刀は武士の魂。武士道は適切な刀の使用を強調し、不当不正な使用に対しては厳しく非難し、かつそれを忌み嫌った。
武士道は平和を望んだ。

イエスのことば、
「あなたがたも聞いているとおり、『隣人を愛し、敵を憎め』 と命じられている。
しかし、わたしは言っておく。敵を愛し、自分を迫害する者のために祈りなさい。」
マタイによる福音書5章43-44節

大人の世界でこのようないじめがあるのに、子供にいじめをしないようにと言えるのかなあ?
  「段々と戦前になっていく戦後」 8月13日付 朝日川柳 

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真夏雲も、びっくりしているよう


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キョウチクトウの花

2005年8月12日

少年よ!大志を

「少年よ!大志を抱け」 これは明治初期、8ヶ月間札幌農学校で教えたクラーク先生の言葉としてあまりにも有名である。
しかし、先生の本意は後に続く文にある。

"Boys, be ambtious! Be ambitious not for mony or for self aggrandizement,not for that evanscent thing which men call fame.Be ambitious for Christ   and Japan."
 
いつまでも少年である者よ!
キリストと日本のために、大いなる大志を抱け!

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夏の夜に大きな夢をみよう!(この花の名はノウゼンカズラです、ありがとう!)

2005年8月 9日

「私には夢がある」

私には夢がある」 これはマーチン・ルーサー・キング牧師が1963年8月、ワシントンDCにて行た説教のことばである。100年前の奴隷解放宣言にもかかわらず、いっこうに進まぬ黒人差別撤廃に愛のことばを持って訴えたメッセージ。
 『私には夢がある。いつの日か、ジョージアの赤土の丘の上で、かつての奴隷の子孫と、かつての奴隷主の子孫が、兄弟愛のテーブルに仲良く座ることができるようになるという夢が。』

「あなたがたの中で善い業を始められた方が、キリスト・イエスの日までに、その業を成し遂げてくださると、わたしは確信しています。」
       フィリピ人への手紙1章6節

聖書の中に、「信仰と、希望と、愛、この3つは、いつまでも残る。」とあり、
「希望(夢)」はその一つである。
いつまでも残る、あなたの夢は?


お帰りなさい野口さん、夢の実現おめでとう!
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カルフォルニア州のエドワーズ空軍基地に着陸したディスカバリー
日本時間8月9日午後9時12分着

2005年8月 8日

夢を

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『訓練は長かったが、夢に向かってがんばることは絶対に無駄にならない。』
国際宇宙ステーションに行き、船外活動を終えて今夜地球に帰還する野口聡一さんのことばです。

 レストラン・ユーオーディアを開店しているTKさんも、サラリーマン時代から自分のレストランの夢を抱き、デュッセルドルフやシドニーに駐在した時も、友達を招いて食事を提供するなど、こつこつと準備、訓練をしていたのです。

夢があるだけでも素晴らしいこと、その夢を実現させるのはもっと素晴らしい。
夢に向けて、日頃の生活の中でこつこつと何かをすることです。

パウロは言いました、「私が植え、アポロは水を注ぎました。しかし成長させてくださったのは神である。」
コリント人への手紙1,3章6節

2005年8月 5日

レストラン ユーオーディア

友人KTさんが退職後横浜の自宅で開いたレストラン・ユーオ-ディアに行った。
開店して3ヶ月が経って、うまくいっているかどうか興味津々。

 「ユーオ-ディア」はKTご夫妻の友人が組織する楽団の名前を拝借したとのこと、ギリシャ語で「最高の香り」と言うことだそうです。バックミュージックにその楽団、ユーオ-ディアの音楽がながれてとてもいい雰囲気です。予約制で今日は私達夫婦ともう一組だけでしたが、お昼をいただき5時ごろまで話し込んでしまった。スープにパスタ、えびカレー、無農薬野菜のサラダ、フルーツ寒天デザート等、みんな美味しかった。彼らの人生が生き生きしている事だけでなく、美味しいものをいただけるという楽しみ、親しい友と心置きなく語れる場所(コミュニケーションの場)の提供と言うことではすばらしいこころみです。
名前の通り、素晴らしい香りがいっぱいでした。これから大いに用いられることでしょう。

「そのとき、マリヤが純粋で非常に高価なナルドの香油を、1リトラ持って来て、イエスの足に塗り、自分の髪でその足をぬぐった。家は香油の香りでいっぱいになった。」
       ヨハネにる福音書12章3節

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”いらっしゃーい!” しゃれた入り口、玄関です

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私達のために昨日から用意してくださった、シェフのTKさん

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バックミュージックのクラリネット奏者

2005年8月 4日

サウルとダビデ

今週の「聖書をよむかい」に、マニラより来日したHYさんも参加した。
彼は、副業として日本の冬に向けてフィリピンでオクラを作って空輸している。両国の季節の違いをうまく利用している。ある業者はフィリピン政府が右ハンドル車の輸入を認めていないため、日本車の輸入については海上ですべてハンドルをはずし(ハンドルがないので右ハンドルといえない)、輸入規制をクリヤーするそうです。国が違うと常識が常識でなくなる。頭の体操になった。

ところで、今日はサムエル記上18-24章を読んだ。
ダビデがサウル王に追われて、イスラエルの国中を逃げ回った。
というのは、サウル王の家来であるダビデは、出陣するたびに勝利を収め、女達は楽を奏し「サウルは千を討ち、ダビデは万を討った。」と歌い交わした。サウル王は民の歌に激怒して、ダビデを殺害する決意をしたから。
「王が自分の家来の評判、力をねたむ」いつの世にも、組織の中にはあることです。

「人々がイエスを引き渡したのは、ねたみのためだとわかっていたからである。」
  マタイによる福音書27章18節

ああ、なんとねたみの恐ろしさよ!

「主イエス・キリストを身にまといなさい。」 
     ローマ人への手紙13章14節

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ホテルじゅらくにて、マニラ日本語教会のHYさん(左)を交えて、
われわれには、それぞれがあまりにも違いすぎる人生を歩んでいるので幸いに比べてねたむ物がない、むしろ励ましを受ける。主の恵みです。

2005年8月 3日

日本人とは

ケン・ジョゼフ、「失われた、アイデンティティー」の著者。
彼の父は、アッシリアの出身で古代アッシリア帝国の末裔。アッシリア人キリスト教徒に対する迫害を逃れてアメリカに行った。
太平洋戦争が終わって数年後、マッカーサー元帥の「この国の復興には1万人のボランティアが必要だ」という訴えを聞き、「国が破れて打ちひしがれている日本の人々を、イエスの教えで勇気づけられたら・・・・」と使命感に燃えて、弱冠22歳で日本にやってきた。
彼はその2世で、アッシリヤ(イラク)系日本人で、NGO日本緊急援助隊の代表です。

著の中で、聖徳太子はキリスト教徒だった。また空海(弘法大師)は遣唐使で長安に留学して景教(ネストリウス派キリスト教)を学び、アラム語を中国訳した新約聖書を密教経典として日本に持ち帰った。景教徒はシルクロードを通って最果ての地、日本にたどり着いた。
すなわち、ケン・ジョセフの先祖、アッシリア人が日本人の祖先である可能性があると書いている。

「箱舟から出たノアの息子は、セム、ハム、ヤペテであった。ハムはカナンの父である。この3人がノアの息子で、全世界の人々は彼らから出て広がったのである。」
     創世記9章18-19節
あなたの祖先はだれですか?


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相模川の鮎つり、山で雨が降ったのか増水している。

2005年8月 2日

日本国憲法

「『日本には、戦争をしないという憲法があるそうですね。それは本当にすばらしいことです。』 私はヨルダンの難民キャンプで、クーウエート人が言ったそのことばを今も忘れません。」 「失われた・アイデンテティー」ケン・ジョセフ著

日本国憲法、第9条①
”日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。”

「平和をつくる者は幸です。その人は神の子どもとよばれるからです。」
マタイの福音書5章9節

イエスさまは”平和を愛する者は”、ではなく”平和をつくる者は”、と言われました。
平和を愛する者は多いが、つくるものは決して多くない、少しの努力がいるのです。

日本は世界で一番良い国ではないが、世界で唯一、戦争をしないと宣言した国です。
過去60年間国民の誇りでした、今後もそうでありたい。

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日本人が誇る世界で唯一の平和憲法

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