サウル王失脚
イスラエルの初代の王サウルは、神と民衆により立てられた王でした。
ところが、サムエル記上15章にあるように、なぜ早くも神より王失脚の通告を受けたのか?
預言者サムエルが神である主の気持ちを語っている、
「主が喜ばれるのは、焼き尽くす捧げ物やいけにえであろうか。むしろ、主の御声に聞き従うことではないか。」 サムエル記上15章22節
神に立てられた王(人)は人の声や、個人の欲望に従うのではなく、徹底的に神の声に従うことです。そこに信仰が必要なのです。
「信仰がなければ、神に喜ばれることが出来ません」
へブル人への手紙11章6節
今週の「聖書を読むかい」の学びでした。

ニコライ堂
JR御茶ノ水駅の聖橋側よりの映像、「聖書を読むかい」のホテルじゅらくも近い。
19世紀(1861年)、ロシヤから来た聖ニコライによって始められた。
