« 2005年2月 | メイン | 2005年4月 »

2005年3月31日

実は

 インドネシヤ旅行の最後の日にシンガポール空港で医者に行った。
朝5時なのに診察してくれた、さすがは世界一の空港設備です。

 旅行中、足がはれた。これは毒虫にかまれたのかと思っていた。
ジョクジャカルタあたりから足が痛くて、ロンボク島にいた時は最悪で大工さんに杖を作っていただき、びっこ引いて歩いていた。学生達は泳いだり、地元のサッカーチームとサッカーしたり結構運動していたが、わたしはちょっと泳ぐぐらいで残念だった。
医師の診断は’GOUT’痛風で、薬を処方してくれた。
毎日、油のナシゴレン(焼き飯)を食べて、運動不足だったからかもしれない。

 残念なことはインターネットが使えない事で、もちろん今回の目的だったこのブログを更新することが出来なかったということ、重いコンピュータと付属品を持っていたのに本当に残念でした。シンガポール空港でメールを開くことが出来たが、日本語入力できず返事が出来なかった。インドネシアではまだ有線電話設備が十分でない所がある、かれらは携帯を良く使っている。

 こんな旅行だったが、第一の目的である学生達と話すことは十分できた、また地元の学生が日本に行ってみたいという思いが結構あること、素朴な村の人々との交流は十分楽しめたし、ロンボク島の何もないところでも日本の若者達が結構楽しく生活できるというものを感じた。道中盗難や、忘れ物や、腹痛、地震のニュースによる動揺等いろいろあったがみんな無事に帰れたことを感謝。

 

飛行機.jpg

さようなら インドネシヤ

2005年3月29日

青い海

aoiumi.jpg

 ロンボク島はバリ島の東隣にある、まだバリ島のように開発されていないので海岸も海もとてもきれいで、人も素朴な島です。われわれが泊まったのは島の南にあるKUTAというビーチのバンガローでした。日本人はわれわれのグループだけで、その他オーストラリア、ドイツ、オランダからのサーファーや観光客が20人位でした。エヤコンがなくまったく南国の生活です。交通機関は馬車もあるよ。
宿泊費も1泊1000円くらいだと思う。(シーズンオフのせいでもある)安い。
 
 いつまでも破壊されないで欲しいと思う自然と人の心です。

「天は神の栄光を物語り、大空は御手の業を示す。」
                詩篇19編1節


terace.jpg

バンガロウのベランダから

2005年3月25日

援助

 インドネシヤのような開発途上国を歩くと必ず目にする光景は、街中の物乞いである。子供から大人に到るまで、何かを売る者やただ手を出す者とさまざまです。

 この旅でも、Hさんが「困っているのに何も出来ないのは心がつらい。これらの人に何かをしてあげたい」と言った。その後宿舎で皆で話し合った。
1、小銭を持っていて渡す。(小さなことでも出来ることをする)
2、お金でなくて出来ること、折り紙を折ってあげる、もってきたおはじきをあげる。
3、現地の人に聞いたら、政府が個人の自立のためにお金をあげないで欲しいといっている。
4、黙って通り過ぎる。
等の意見が出た。

 ロンボク島の村の子供たちに、使いかけの鉛筆や、T-シャツを持っていてやった。シャボン玉を飛ばしたり、折り紙を折ったり一緒に遊んだ。
みんな楽しかった。
 
 また、10、000円あると1人の子供が学校へ1年間通えるとのことで12人のメンバーが1人2000円寄付することにした。
自立のための教育は有効でしょう。

 わたしは、大阪でホームレスの人の自立を助けているサマリタンプログラムkeziahjp@s5.dion.ne.jp の吉田明彦先生により、自立を助ける大切さと難しさを学びました。


syabon.jpg

シャボン玉とんだ!


minnna.jpg

村の子供たちと

2005年3月19日

フルーツの王様

づりあん.jpg

フルーツの王様 ドリアン

 昨日町でフルーツをたくさん買ってきた。宿舎でフルーツパーティ-をしようと思った。南方に来ると誰れにとってもこれが楽しみの一つです。
パッションフルーツ、マンゴスチン、サワーフルーツ、ルク(ランソネ)、ドリヤン、バナナ等、バナナ以外ほとんどの人にとって初めてだったでしょう。マンゴスチンとサワーフルーツに人気があった、しかしはじめにあまり熟れていないのを食べたからドリアンはイマイチであった。

 やはり本当の味を味わなければ其の物の真価は分からない。ドリアンはフルーツの王様なのに 残念だった。

クリスチャン生活も同じようだ、本物のキリスト、(キリストは王の王)を知ったらもうやめられない。だが、多くの人が道徳的なクリスチャン生活を教えているため、喜びも力もないのが現実である。本物を知ろう!

 「これらのことを話したのは、わたしの喜びがあなたがたの内にあり、あなたがたの喜びが満たされるためである。」
                ヨハネによる福音書15章11節

2005年3月18日

天国語

 バンドン工科大学(ITB)の学生と交流、インドネシヤでの名門大学です。さすが皆英語がうまいグレード6から始めるそうだ(日本はグレード7、中学1年)発音も結構うまい、この差はどこから来るのか?
 特にナビゲ-ター(永井さんが所属するキリスト教の国際宣教団体)に関わる学生達が英語が良く出来るのか、一般的にITBの学生が優秀なのかは分からないが。もちろんナビゲーターに加わっている学生は英語を天国語として学んでいるとは思うが(外人から英語で聖書を学ぶケースが多い)。

 「私たちの国籍は天にあります。そこから主イエス・キリストが救い主としておいでになるのを、わたし達は待ち望んでいます。」
              ピリピ人への手紙3章20節(新改訳)

校舎.jpg

バンドン工科大学


学生.jpg

              バンドン工科大学の学生

2005年3月16日

朝日の恵み

 鳥の鳴き声、ブ-ゲンビリヤやパームやしに当たる柔らかい朝の日差し、むっとする空気で、に30年前初めてこの常夏のシンガポールの地でむかえた朝が思い出される。友人フローレンスが教えてくれたことば。「Morning sun is healthy sun.」

 8時30分、一同皆で歩いて近くのオープンレストランに行って朝食。若者達はアイスティーを、年寄り組はホットティーを、ダージリンのいい香りを嗅ぎながら、グラスのそこに溜まった練乳を最後に飲むのがなんとも甘くおいしい。 この甘さが一日の活力元となる。

 帰り道はもうすでに太陽が高く上がって、真昼の太陽となり頭のてっぺんが焼き付くような暑さだった。フローレンスのことばが良く分かる。この国は朝と日の落ちてからが活動の時である。

 「何事にも時があり、天の下の出来事にはすべて定められた時がある。」
           伝道者(コヘレト)の言葉3章1節


朝.jpg

朝の語らい


昼.jpg

イーストコーストから朝食の帰り道

2005年3月15日

準備はいいか

 今回のインドネシヤ旅行の私自身の目的は、
1、静岡大学の学生達と人生を語ること、
2、このブログを海外から更新することのチャレンジ
ということである。

 学生との旅行は、社会人時代の出張旅行と違って質素な旅行なのでかなり勝手が違い準備にまごついた。若者達の足手まといにならない様、昨日はリュックサックを買いに行った。約2週間、旅の目的を達成するための道具、インターネット用パソコン、デジカメと充電器、聖書等、必要最小限の荷物に減量した。まず衣類を、それから贅沢品(ウオークマン、本等)をあきらめた。繰り返しいろいろな場面を想定し準備万端。
さて出るも入るをも安全に、また祝福あれと祈る。

バッグ.jpg

荷物を入れたリュックとパスポート

準備はいいか

今回のインドネシヤ旅行の私自身の目的は、
1、静岡大学の学生達と人生を語ること、
2、このブログを海外から更新することのチャレンジ
ということである。
学生との旅行は、社会人時代の出張旅行と違って質素な旅行なのでかなり勝手が違い準備にまごついた。若者達の足手まといにならない様、昨日はリュックサックを買いに行った。約2週間、旅の目的を達成するための道具、インターネット用パソコン、デジカメと充電器、聖書等、必要最小限の荷物に減量した。まず衣類を、それから贅沢品(ウオークマン、本等)をあきらめた。繰り返しいろいろな場面を想定し準備万端。
さて出るも入るをも安全に、また祝福あれと祈る。

バッグ.jpg

 荷物を入れたリュックとパスポート

シンガポール行747型機の41J

 搭乗機の窓から西の空を見た、沈みかけた夕日が関東平野の地平線を赤く染めていた。突然、体がグワーと座席に押し付けられた。隣座席の41HのAさんが「こんな大きな鉄の塊が空に浮くなんて信じられない。」と。
 わたしは飛行機が空中を飛ぶ理屈を学んだことがあるので理解できる。だけれども「そうね!」と言っといた。

 イエスさまが復活(死人のうちから肉体を持って甦った)して弟子達に現れた時、トマスはそこにいなかった。 あの十二弟子の一人トマスは、俺は自分で見なければ信じないと言った。イエスは8日の後もう一度、弟子達の中に現れてトマスに言った。
 
 「あなたの指をここにあてて、わたしの手を見なさい。また、あなたの手を伸ばして、わたしの脇腹に入れなさい。信じないものではなく、信じる者になりなさい。******見ないで信じる人は、幸いである。」
       ヨハネによる福音書20章27―29節

 そのままを受け入れて機上の人となった時、その日のミッドナイトには成田から7000kmも離れた赤道直下のシンガポール空港のロビーに立つ事ができた。ハレルーヤ!


ロビー.jpg
  
シンガポール空港のロビーにて

2005年3月12日

オリエンテーション

 今朝は5時起きで静大で宣教活動している永井宅へ、旅行のためのオリエンテーションに行った。それは総勢13人(男7人、女6人)のBible,English and Sports のインドネシヤ旅行のためである。
永井さんが学生達に旅のスケジュール、注意事項等を説明した。
 
「パスポートは忘れないよう。
荷物は少なく。
パンツは3枚で十分。
シャンプー用石鹸は3種類も持って来ない。
生水は飲まない。
現地の人への土産は白砂糖が好まれた。?(前回)
子供たちには鉛筆が良い。
等々、尽きない。」

 初めての海外旅行の学生も多いので細々と、懇切丁寧でした。
最後に彼は、「当地に行くとお金が有ってもなんの役に立たないことも分かる。」と

 イエス(も)は一同に言われた。
「どんな貪欲にも注意を払い、用心しなさい。有り余るほど物を持っていても、人の命は財産によってどうすることも出来ないからである。」
              ルカによる福音書12章15節
 
寒い日本から南の国へ、もう皆の心はあちらかな?

fuji.jpg

やはり富士山は日本一だ!

2005年3月11日

ネットワークの社会

hana.jpg

セントポーリヤ満開

 ソニーの出井伸之会長の著書「非連続の時代」の中に、「『国家は鉄なり』の時代の組織はピラミッド型で中央集権型であった。しかしこれからはネットワーク型、小規模集団機能型の時代となる、IBMがメインフレームのコンピューターから個々のパーソナルコンピューターに業容を転換したように」とある。
企業社会ではこの様に変化している。

 これからのキリスト教会においても、お年寄りが増える、遠くまで通えない状況や、また車使用者の駐車場の確保の大変さ等を考慮し、至近距離に小さな集会が沢山あればいいなと思う。
企業と同じように、教会はもっともっと先を見通して展開し、便利さを提供出来たら多くの人に福音が伝わるような気がする。

 「二人または三人がわたしの名によって集まるところには、わたしもその中にいるのです。」
             マタイによる福音書18章20節
イ エスはこれが教会だといわれた。

2005年3月10日

検診

 今朝は久しぶりに通勤時間帯に、お茶の水の健保に行った。呼吸器の定期検診で胸部のX線とCTスキャンを撮った。というのは、1960年代以降建設業で建材や断熱材にアスベスト(石綿)が使用された。その時期に建設工事に従事した私たちは肺にアスベスト繊維が入り癌を発症する可能性が高い。潜伏期間30ー40年と言うことでちょうどわたし達の年代にあたるのである。
 アメリカでは1986年にまた日本では1995年にアスベストは実質使用
禁止になっている。そのような一種の職業病である。

わたしは数年前から肺に影があるという事で、呼吸器の要監理者と医師に宣告されていた。その時はかなりのショックであったが、数年間の検査結果において、今のところ大きな変化が見られないという状況なので医師はあまり心配しなくてもよさそうだと言う。

 たとえそうでなくとも、むしろ、最近わたしはこの事で神に感謝している。多くの人が自分の命は永遠に続くかの様に生きているが、わたしは自分の命が決して長くない(地上での人の命は有限)のを知ったので、一日一日を大切に悔いなく生きたいのはもちろん、残された人生で今為すべき事のみをする思いが強くなっているからです。

 「そして、どんなことにも恥じをかかず、これまでのように今も、生きるにも死ぬにも、わたしの身によってキリストが公然とあがめられるようにと切に願い、希望しています。」
          フィリピの信徒への手紙1章20節

2005年3月 9日

すべて新しく

 先週は寒い日が続き真冬だったが、月曜日からは春のような日々です。梅は満開、相模川の土手に植わってる早咲きの河津桜が咲き出した。太陽が暖かい、空気が楽しい、春だ!
体がむずむずしてくる季節(花粉症の人は苦しい時でしょう)です。

 社会面では、昨晩はホリエモンがあちらこちらのテレビに出て、フジテレビとの戦いに対するインタビューに応えていた。企業の古い体質に対する新しいものの挑戦でしょうか。

 5年ほど前アメリカでアメリカン・オン・ライン(売り上げ50億ドルのインターネット会社)がタイム&ワーナー(売り上げ250億ドルで、CNN テレビ、雑誌タイムの老舗会社)を買収した時は驚いた。時代の変化を感じるでしょう。
 
 今年は3月27日がイースター(復活祭)です、イエスキリストが死から甦ったのです。この時から世の中変わりました、これを信じた者の人生も変わりました。

 「だれでもキリストのうちにあるなら、その人は新しく造られた者です。古いものは過去って、見よ、すべてが新しくなりました。」
       コリント人への手紙 第2、5章17節(新改訳聖書)


空.jpg

三男、託の空中城、こんなのが絵になる時代


梅.jpg

春が来た

2005年3月 8日

使いかって

 このホームページにもっと良質な写真をたくさん載せたいと思い、デジタルカメラを買いに行った。新宿のヨドバシカメラで見たがどれを買って良いかわからないほどの機種がある。今まで使っていた物があったが、あまり使い勝手がよくなくほとんどお倉入りだった。
その欠点を思い出し、店員に選んでもらった。

使用目的:旅行先で使う
操作が簡単:  だれでも使えるメカ、ピンとあわせが簡単
持ち運びが便利: 軽い、小さい、
電源シィステムが良い: 長時間使える、電池がバッテリーと充電式の両方で使える、充電器も小さい、海外の電圧でも使用可能、
良い写真が取れる: 1枚目を失敗してもすぐ2枚目が取れる、(シャッター間隔が短い)
価格: 3万円前後

選ばれた機種は「RICOHのCaplio R1v]
価格は多少オーバーした(本体価格¥36,700)が古いカメラの下取りをしてくれたのでまあまあだと思う。

 「だから、人にしてもらいたいと思うことは何でも、あなたがたも人にしなさい。」
         マタイによる福音書7章12節
 
 良いメーカは使い手の利便性を第一に考えて物を造るのでしょう
この言葉は、企業経営にも大切だが、私達人生にも大切です。
わたしはつい忘れがちで、しまったと思うことが良くあるので心しよう。


kamera.jpg

ちょっとピンボケですが、

2005年3月 6日

親族の集い

 今日は寒い日だった。予報は雪だったが薄曇りで今年一番の寒さだった。
 
 そんな中、妻の母の一周忌を行った。家族親族合わせて13名が、お世話になっている近所のお寺に行って、お堂の中で寒さに震えながらお坊さんの念仏に耳を傾け、終わりを待った。
その後、実家に行って皆でお昼をたべた。わいわいがやがや話がつきなかった。
何はともあれ、一つの行事が終わって、おじいちゃん(義父)もやれやれでした。
 ある意味では、こんなことがなければ家族や親戚が一堂に会する機会がない世となって、「なんとなく寂しい世の中になったなー。」と思いつつ、大切にしたいものが見えた。

 「終わりに、兄弟たち、喜びなさい。完全な者になりなさい。励まし合いなさい。思いを一つにしなさい。平和を保ちなさい。そうすれば、愛と平和の神があなた方とともにいてくださいます。」
      コリント人の信徒への手紙Ⅱ13章11節

2005年3月 5日

言葉は生きている

 もう今年の流行語に挙げられているのが 『もったいない』 という言葉だ。
 この言葉に心を動かされ「ぜひ、世界に広げたい」と言っているのは、昨年のノーベル平和賞受賞者、ケニヤの副環境相ワンガリ・マータイさんです。地球環境の大切さを訴える言葉と言う。言葉は時には人を殺す力もあるし、世界を変える力もある。

 昔、吉田茂首相が国会で 『バカヤロー』と言って、首相辞任に追い込まれた。
 『わたしには夢がある』と言ったのは、アメリカのキング牧師です。彼の夢は白人と黒人が同じテーブルで食事をすることだった。彼はこの言葉によって自分の人生を貫き、アメリカの人種問題に一石を投じたのです。
 昨年のオリンピックで女子レスリングの浜口さんの『ファイトだ!』も娘に力を与えた言葉。

 世界中で最も美しい言葉は『ありがとう』でしょう。
中国語で シェ-シェ二(北京語)、ト-チェ(広東語)、
英語で サンキュウ、
マレーシャとインドネシヤ語で テレマカシ、
タガログ語で サラマッポ
ドイツ語で ダンケシェーン等々、

 この言葉一つで結構良いコミュニケ-シヨンができる。
実に言葉は生きている。
あなたの好きな言葉は何ですか?
わたしの大切な言葉は、朝起きる時に発するもので『ハレルーヤ!主よ感謝します』です。

 「神は言われた。『光あれ。』 こうして、光があった。」
                  創世記1章2節

2005年3月 4日

命に溢れて

 今日は元の会社の同僚S氏から招待券を頂いたので生まれて始めて、演歌のコンサート「坂本冬美ショー」に行くことになっていた。夕べからの雪が朝まだ降って電車が動くのか心配だった。幸い昼ごろには雪も止んで薄日が出てきてやれやれと藤沢まで出かけた。
何とびっくり、平日で開演30分前なのに4列で数百人が並んでいた。全館指定席なのに。
館内を見回すと、おばさんと結構年取ったおじさんが多かったが、1300人入りホールが満員。約2時間手拍子に、掛け声で皆な盛り上がっていた。ステージの合間、合間に衣装換えを5回位するのだがその速さにびっくり。そして、やはり「夜桜お七」が最高、歌とバックの桜と、桜吹雪で日本文化を遺憾なく満喫。
 
 さて、実は昨日妻がライブドアーの株を少し買った。一株(350円位)から買える。
最近話題の、小さなライブドアーが大きな日本テレビの株を買占め、系列のフジテレビに業務提携を迫るという事件。
ライブドアー社長の堀江モンの行動力と、日本の古い企業体質破壊に応援したいと言うこと。わたしも賛成だ。日本では堀江モンの行動(買収)は常識はずれと批判されているが、海外では日常茶飯事で驚くに当たらない。
下手なテレビ番組見ているより興味をそそられ、若者を応援することに参加出来る喜び。

 聖路加病院の日野原さんが言っているそうですが,コンサートへ行ったり、観劇に行ったり、適度に興奮することが認知症防止に大いに役立つとのこと。
熟年を価値あるものにするため積極的に体と脳細胞を働かせることに参加しよう。

 「神に従う人はナツメヤシのように茂り、レバノンの杉のようにそびえます。
主の家に植えられ、わたしたちの神の庭に茂ります。
白髪になってもなお実を結び、命に溢れ、いきいきとし、述べ伝えるでしょう、
わたしの岩と頼む主は正しい方、みもとに不正はない、と。」
                  詩篇92編13-16節

2005年3月 3日

夢の中で

 どのような関連で起こるのかは知らないが、人は時々夢をみることがある。
私もクリスチャンになってかなり経った時、ある夢をみた。何でだか記憶にないが困ったことになった。その時小さかった時の母親に「おかーちゃん」と助けを求めていた。わたしはクリスチャンなので「イエスさま助けてー」というべきだったのに、まだ信仰が足りないのかなーと、がっかりしたことを覚えている。
 
昨日、御茶ノ水のキリスト教書店で、チラッと立ち読みしたマンガ本、マンガ説法 「人生一歩先は光、 春名康範牧師著」に次のような話がでていた(概略)。
”夢の中で牧師が何かに襲われた時 「助けてー、南無阿弥陀仏。」と言って目が覚めた。牧師である者がこんなことでは困ったもんだと心の中で思った。そして正常な時にこんな状態なら、年取って物忘れが激しくなったらどうなってしまうのかと心配した。

 しかし、ルターはローマ人への手紙1章17節 「正しい者は信仰によって生きる。」の箇所を「移り変わる人間の感情によってでも、善行によってでもなく、変わりなきキリストの義が人に救いの確かさを与えるのである。」と。
たとえ神が分からなくなっても、神ご自身が働いてくださるのです。
ですからボケても問題ありません。”
 
安心してボケることが出来るのも感謝です。

 「わたしたちが神を愛したのではなく、神がわたしたちを愛して、わたし達の罪を償ういけにえとして、御子をおつかわしになりました。ここに愛があります。」
         ヨハネの手紙 1、4章10節

2005年3月 2日

本当のこと

 世界のベストセラーの割には、結構多くの人が「聖書」について誤解しているところがある。
 例えば聖書はシンヤクとキュウヤクがあるのは知っているが、新約はプロテスタントで旧約ははカトリックの聖書と思っている。もっとすごいのは新薬と旧薬と思っている人もいる。確かに聖書は魂の薬には間違いありませんが。
 実は、簡単に言えば新約はイエスキリスト誕生以後、旧約はイエスキリスト誕生以前のストーリーです。そして新旧両方で一冊の聖書です。

 今日は御茶ノ水で、定例の「聖書を読むかい」でした。
教会で賛美歌が歌われだしたのはマルチンルターのときから、とのコメントがあった。それはともかく「マルチンルターの宗教改革とは何だ?」との質問が出た。宗教改革の発端は一千年続いたローマカトリック教会が、免罪符 (この券を買うと罪の償いが免除される。仏教での良い戒名は高価であるのと同じ) の売却によって富を得ていたことへの抗議である。
 
 ルターの主張は「信仰によってのみ義とされる」すなわち「人間が救われて天国にいけるのは人の行いによってではなく、救い主なるイエスを信じることのみによる」と聖書に書いてあるとのことです。
これは誤解しないで欲しい。

 「福音には、神の義が啓示されていますが、それは、初めから終わりまで信仰を通して実現されるのです。『正しい者は信仰によって生きる』と書いてあるとおりです。」
                 ローマ人への手紙1章17節
義認は私の内側のできごとでなく、神の宣告です。
(カール・F・ヴィスロフ著 鍋谷尭司、勝原忠明訳 「ルターとカルバン」)

2005年3月 1日

Big Boyで

万座.jpg

 今朝の万座は朝日が昇って明るかったが山は風で雪が舞っていた。
年寄りは無理をしないことにして温泉に入り、午後一路帰途についた。
静大のメンバーのバスで佐久平まで便乗させてもらった。

実は佐久平のレストラン Big Boyでわが長男望くんと待ち合わせしてたのです。久しぶりに会って楽しい語らいの時を持てた。
これからの彼の歩みの上に主の特別な祝福がありますように祈った。

 「また天の国は次のようにたとえられる。商人が良い真珠を探している。高価な真珠を一つ見つけると、出かけていって持ち物をすっかり売り払い、それを買う。」
       マタイによる福音書 13章45,46節

 「あなたがたがわたしの名によって何かを父に願うならば、父はお与えになる。今までは、あなたはわたしの名によっては何も願わなかった。願いなさい。そうすれば与えられ、あなた方は喜びで満たされる。」
            ヨハネによる福音書16章23,24節

 天の父に(地上に父にも)あなたの思いを訴えて、必要を満たしていただきなさい。
必ずかなえられる。

Copyright (C) 2006 by Bible Ministry Co. All rights reserved.