小さすぎた神
1843年江戸末期、群馬の安中藩に生まれた新島襄は、「聖書が『「初めに、神は天地を創造された。』という文章ではじまっていることに驚いた。『神というお方がこの天地を造られた?この世のものは、神というお方によってつくられた?』 その時、まだ彼が見、聞き、教えられてきた神さまというのは、病気をなをしてくれるとか、安全を守ってくれるとかいうものであった。とても、聖書に書いてあるような神さまでなかった。自分の知っている『神さま』は、人間の住む家よりもみすぼらしい小さな箱に入れられたり、祠(ほこら)にまつられているものだった。彼の心は燃えた。」
(小松栄次郎著 新島襄)
10年間のアメリカ留学の後、日本の人たちがどんなに暗闇に閉じ込められるか、そして、どんなに、キリスト教育が必要かを感じ、キリスト教を基礎とした大学を作りたかった。帰国後、政府は新島襄に官界入りを強くすすめたが、「だが私の一身はすでにキリストに捧げたものである。私の目的はこの学校を開設する以外にない。」と辞退した。
明治政府にとって新知識の持ち主である新島襄が魅力であった。
それから、彼は勝海舟に会って尽力を求めた。 「その学校は何年ぐらいかかって成功させるつもりか?」との質問に「2百年」と即答した。
勝海舟は新島襄の真摯さと情熱のただならなさを認め協力を惜しまなかった。新島襄は同志社大学の創設者となった。
「初めに、神は天地を創造された。」
創世記1章1節
聖書の冒頭に何の説明もなく書かれている、天地を造られた神、今わたし達はこの神をあまりにも 小さく見ている、見くびっているのではないか?
