皿洗い人
定年退職後、最近わたしは良く皿洗いをする。皿を洗うだけです、料理ではないのです。料理は、妻にまだやらせてもらえません。
自宅勤務も結構責任範囲、命令系統がはっきりしていて会社に劣らず、なかなかのものです。
ところで、皿を洗っている時にいろいろと考えるのですが、ほとんどの皿は、たわしに洗剤を付けて、手で回して、回して、回していれば洗えるということです。だれが初めに皿を丸く考えたのか、近代食生活が豊かになり、使われたたくさんの皿を洗う人のことを考えて造られたのだろうか。神の業か人の知恵かともかく良く出来ている。
また、薬缶に蓋がついている、これが当たり前と思うが、去年バンクーバーで50日近く寮生活した時、共同キッチンで蓋のない薬缶を見たし使ったことがある。片手で操作でき使いやすい。確かに水を入れて沸かしてそれを器に注ぐだけです、水を入れるところと出す所が違わねばならないという法則はない。蓋は邪魔ですし、たまには洗わなければいけないような圧迫を受けます。皿洗い人としてはないほうがいいですが。
「なぜ、お前たちは背きを重ね、なおも打たれようとするのか、
頭は病み、心臓は衰えているのに。
頭から足の裏まで、満足なところはない。」
イザヤ書1章5節
人は頭から足まで全てイカレテイルそうだ。
だからたいした事は考えられないと。
